麻美と別れて夕方帰宅すると、玄関に柊哉さんの靴があった。

 あれ?もう帰って来ているのかな?

 急いでリビングに行くけれど、そこに彼の姿はなく、自室にも電気は付いていない。
 とりあえず手を洗おうと洗面所の扉を開けると電気が付いていて、あれ?と思ったのと同時に柊哉さんの姿が見えた。

 「きゃっ」

 驚いて思わずバタンっと勢いよく扉を閉めてしまった。

 び、びっくりした...

 扉を開けて目が合った柊哉さんは、腰にタオルを巻いただけの姿。何処にもいないと思ったら、シャワーを浴びていたんだ...。

 私が乱れた心拍を整えていると、扉が開いて「優茉、おかえり」と部屋着を着た柊哉さんが出て来た。

 「あ、ごめんなさい。ノックせずに開けてしまって...」

 「俺は大丈夫だけど、指挟んだりしなかった?」と私の手を取って異常がないか見ている。

 「い、いえ、大丈夫です...」

 「可愛い服着てどこか出かけていたの?」

 「友人とお買い物に行ってきました。帰りはイルミネーションが灯っていて、シャンパンゴールド一色の並木道がとても綺麗でした!」

 「そっか、楽しかったんだね」

 にこっと優しく笑って頭を撫でてくれる。


 夕食を済ませてから、柊哉さんは仕事が残っていたらしく自室に入っていったので、私も自分の部屋で本を読んだり、小説を書いたりして過ごした。
 お風呂に入りリビングでお水を飲んでいると、彼が両手をあげてストレッチをしながら自室から出て来た。

 「お疲れ様です。手、少しマッサージしましょうか?」

 「ありがとう。優茉ももう寝るならベッドに行こう?」

 掌のツボ押しに使う道具を持って向かうと、ベッドボードに背中を預けて座っている柊哉さんに手招きされ、近づくと手を引かれて彼の脚の間に収まる。

 後ろからハグした状態で掌を出してくるので、そのままの体制でマッサージを始めた。

 痛いのか時々、うっと呻くような声や声にならない吐息が耳元にかかり、その度にドクンと心臓が跳ねる。
 この体勢はちょっと...心臓に悪い。

 両掌をマッサージしたあと後ろを向いてもらい肩や肩甲骨周り、腕を揉みほぐして最後に首回りのリンパを流すように撫で、鎖骨あたりを軽くグリグリする。

 「いっ、たぁ...」

 「ここ痛いですか?リンパの流れがあまり良くないみたいですね。滞ると肩こりや冷えの原因にもなるんですよ」

 「そ、そう。でも、優茉待って、そこ、本当に痛い...」

 ガシッと反対の手で手首を掴まれ、膝の上に乗せられる。

 「あ、ごめんなさい。強かったですか?」

 少しでも良くなるようにと、つい夢中になってしまった。

 「少しだけ...でもすごいね、腕が軽くなったし、指先まであったかい」

 「良かったです、血流が少し良くなったのかもしれませんね。温まっているうちに寝ましょう?」

 「ありがとう。 おいで?」

 いつものように抱き寄せられて、頭を撫でてもらう。

 久しぶりに柊哉さんの香りと体温に包まれて、もこもこ素材のパジャマの胸に顔をくっつけて眠るこの瞬間が、気持ち良くてたまらない。
 大好きな香りを吸い込んで微睡んでいると、不意にあごをくいっと上げられて唇が塞がれた。

 「っん...」

 触れるだけのキスを繰り返した後、下唇を舐められてちゅっと音を立てて軽く吸われる。
 その後は額、瞼、頬と降りて来て再び唇に触れてから離れていく彼を、思わずぼーっと見つめていると、親指がスッと頬を撫でた。

 「ふっ、優茉も温まった?」

 顔が熱を持っている事を言っているのだろう。恥ずかしくなって、また胸に顔をくっつけると頭を撫でながら「おやすみ」と少し掠れた低い声で、そう耳元で囁かれた。

 たしかに、温まったけど...。

 すぐにスースーと規則正しい寝息が聞こえてきて、ドクンドクンと高鳴った私の心臓も次第に落ち着き、気がつけば夢の中へと引き込まれていた。