中へ入ると、応接セットに座っている院長とその向かい側には、花柄のパジャマにカーディガンを羽織った女性の姿が。

 来客中なら私たちは一旦退室した方がいいのでは...と思い彼の方を見ると、聞き覚えのある女性の声が聞こえてきた。

 「あら、柊哉先生。香月院長が戻られたって聞いたから、ちょっとお邪魔してたのよ。そちらの方は...もしかして宮野さん?」

 声の主は、見込みよりも遥かに順調な回復をみせ、予定より一週間ほど早い三日後に退院が決まった北条さんだ。

 「えっ? ほ、北条さん...?」

 どうして院長室に...?院長のお知り合いだったの⁈

 「やっぱり宮野さんね!いつもの制服姿とは雰囲気が違うからわからなかったわ!」

 「えっと...?」

 驚きと緊張で言葉が出てこず、柊哉さんの方を仰ぎ見る。

 「北条さんは、H&Uの会長なんだ。うちとも昔から繋がりがあって、院長の友人でもある」

 「か、会長さん⁈ そ、そうだったんですか...」

 確かに、少し豪華な個室に入院されていたし、年齢の割にはとてもしっかりとして若々しく気品のある方だなぁとは思っていたけれど...。
 まさか、医療機器メーカー最大手H&Uの会長さんだったなんて...

 「さっきちょうどあなたの話もしていたところだったのよ?それにしても、どうして二人でここに?
 あっ!もしかして...二人はそういう仲だったのね?まぁ!素敵なカップルじゃない!ね?香月院長?
 じゃあ、私はお邪魔みたいだから病室に戻るわね!」

 北条さんは少しニヤニヤとした笑顔で私達を交互に見て、そう言いながら軽い足取りで院長室を出て行かれた。

 扉が閉まり、急に部屋の中がシーンと静まり返る。

 途端に再び緊張が走り佇まいを正すと「二人とも座りなさい」との院長の言葉で、先ほどまで北条さんが座っていたソファに二人並んで腰掛けた。

 先ほどまで友人でもある北条さんとお話をされていた為か、柊哉さんの面影を感じるキリッとした目元は鋭さがあるものの、以前ここでお見かけした時よりも表情は柔らかい。

 「宮野優茉さんだったね?加賀美社長から事情は聞いたよ。我々の事に巻き込んでしまってすまなかった。身体の具合はどうだい?」

 「いえ、私は大丈夫です。身体の方も回復しておりますので、ご心配には及びません」

 予想していた展開とは全く違う言葉に、慌ててそう答えた。

 「いや、まだ回復はしていない。先週末も心労による発熱があったばかりだ」

 いつもより格段に低い柊哉さんの声に、ビクッと肩が揺れた。

 「そうか...それは申し訳なかった」

 頭を下げる院長を慌てて制して、再度大丈夫ですと伝える。しかしその後に続ける言葉が出てこず、柊哉さんの方をちらりと見ると、目が合い軽く頷く。

 「父さん、俺たちは今一緒に暮らしています。まだ彼女のご家族に挨拶は済んでいませんが、許可が得られ次第彼女と結婚しようと思っています」

 柊哉さんの言葉を聞いた院長は、黙ったまま少し俯き何かを考えているよう。

 次に発せられる言葉を待つ間、私の心臓は周りに聞こえていないかと心配になるほど、ドクンッドクンッと痛いくらいに強く打ち付けていた。