「…断れないか」


「え…、」


「…ずいぶん、悲しそうに見えるんだ」



悲しいです。
あんな人と結婚なんかしたくない。

だとしても花江家に引き取られた養子の立場である自分には、断るなど言語道断。


知らないあいだに華月苑の未来を背負わせられていた私に、逃げ道などない。


だったらせめて、せめて、私のことを見てくれる人だったら良かったのに…。



「…ずっと前から決まっていることなので。私が20歳になったら、と」


「今は…?」


「…19です」



こんな声さえ、なければ。
声なんか出ないほうがよかった。

つよく思えば思うほど、あなたの前だと余計に、どうしてか、くるしい。



「ハル、さま…?」



ふわっと、フローラルブーケの香り。

それはこの華月苑の大浴場に揃えられているボディーソープのもの。


花びらがひらりと落ちてくるように、私の頬に伸びてきている手。

昨夜、寝ている彼へと無意識にもしてしまいそうだった私の行動と同じだった。


……ほら、おんなじ。


ギリギリで止めて、何事もなかったかのようにやり過ごす。



「…そうか」



彼はもう1度、

静かに「そうか」と、言った───。