好きになるな、と。
面と向かって言われたみたいだった。
視線を逸らして口ごもった私もどうかしている。
「立ち話にしては長く話しすぎたわ。じゃあそーいうことね、よろしく」
「…はい」
例の詰め込まれた経歴だらけのヤブ医者さんが経営する個人医。
その住所が書かれたメモを私に渡すと、透子さんは忙しく袖をまくった。
考えたくないことをせめて消したくて、私も小走りにUターン。
「お客様が見られる場所では走らない!」と、お叱りをひとつ受けながら。
「あっ、そうそう一咲!まずはとりあえずの名前を決めてあげなきゃなんじゃないのーー!?」
「ハル様です…!本人様が言っておられました…!」
「……そこは記憶あるんかいっっ」
……言われてみれば。
ただ、本当の名前かどうかは分からない。
春が好きだとか、たまたま思いついた語呂合わせだったとか。
どちらにせよ一部の記憶が残っている場合もある、とは、ネットに書いてあった。