この人は都合が良すぎる。

私のことを考えているふうに見せて、実際は。


過去の“愛美”に重ねて、またそこに新しい“愛美”という存在を作り出したいだけ。



「あいみ、もっとこっちへ来て」


「…………」


「俺の名前を呼んでくれ」


「……おとや、さん」



会ったことすらない義姉の真似を精いっぱいする夜が嫌いだ。

本当の自分を、一咲を、捨てきらなければいけない夜が大嫌い。



「愛してるよ、愛美」



私がどれだけ冷めきった目をしているのかを、あなたは知らない。

必ずそのあと一筋流れることも、あなたは知らない。


何年、あと何十年、この苦痛に耐えなければいけないのだろう。



「お前は?俺のこと、どう思ってる?」


「……おなじきもち、よ」


「おなじきもち、とは?」



忘却は声から。

人の記憶はまず、声から忘れるという。



「…そろそろ…お休みになりましょう。音也さんも少し前から声が掠れているから…、体調を崩さないようにしないと」



だれも私を見てはくれない。

私という存在はこの声に、どんどん消されていく。


────…狂っている、なにもかも。