「そんなことないんです。たとえ声が出なくなったとしても…“不幸になる”には、なりません」


「……おまえは…、知らない、から……言えるんだ」


「いいえ。…知っているから言えるんです」



知っている。

声が出なかった自分を、私は。


あなたに奪われた声。

それとはまた別のものとして、私は声が出ないときがあった。

感覚とか、そういう類いでしか表現できない何かなのだけれど。


ただ、これだけは言える。


私は確かに────ずっと声を出すことができなかったの。



「華月苑はあなたの帰る場所でしょう…?そこに…愛美さんもいるんです」



11年。
愛美さんが亡くなって11年だ。


あなたの愛は、見方によっては本物ではあったんだと思う。

愛美さんの家でもあったあの旅館を、あなたはずっと守ってきたのだから。



「あなたが“音”を失うことだけは絶対にありません」


「…なん、で…」


「音也。…名前に、ずっと音が入っているじゃないですか」


「────……」



工藤 音也の最後の音は、涙声。




「……ありが……とう…、一咲」




それは、私に届けられたものだった。