「その戸籍というものは…、どうやって作るんですか」


「とくに記憶喪失となると…いろんな手続きが面倒だ。ただ、ひとつ。いちばん手っ取り早い方法があるわい」



俺の身体を調べ、顕微鏡を覗いていた爺さんは顔を上げて言う。

まるでそれは当たり障りのない会話を続けてくれるような穏やかさで、俺にとって何よりの救いの手だった。



「いっそワシの養子にでもなるか?そこ関連であれば、ワシの知り合いに頼れるやつもおるしな」



よかった、今日は手土産を持ってきたんだ。
これは伊作の好物だった羊羮。

あなたも好きなんじゃないかって、そう思って。



「ワシの命あるかぎり、今後も定春の研究を続けたいと思っておる。その対価と言ってはなんだが、決して悪い話ではないだろう」



あのお嬢さんにも幸せになって欲しいからの───、



「…ツクモさんはいいんですか、俺なんかを養子にして」


「ワシ的には嫌」


「……………」


「九十九 時榛(つくも ときはる)。ふほほ、微妙だわい」



どれが建前でどれが本心かは、一目瞭然。

揺れた瞳をぐっと堪えて、俺は誠心誠意、義父となってくれる彼に頭を下げた。