「……ここから…いなくなるのは、いやです」



どこにも行かないでください───と、そでを掴んでくる仕草が。

遠い遠い記憶の先にある想い出を甦らせる。


ちょうどロビーからも外からも視角になった場所。


昨夜はあんなにもむさぼり尽くしたはずの小ぶりな唇が、俺に懸命に伝えてきた。



「そのときは…私も一緒に、…いっしょに、」


「連れていくよ」



連れていく。

どんなにきみの首を締めようと伸ばしてくる手があったとしても、俺がきみを遠く遠くへ連れていく。


どこにも追っては来られないように。



「ん…っ」



そっとすくって、深く落とす。


今さら罪悪感など感じていたら何もできやしないだろう。

俺の大切な女性を泣かせた罪悪感に苦しむのは、あいつのほうだ。



「明治に戻ってしまうのも…、いやです…っ」



そんなことをしたら、駄目だ。

ここで誰かに見つかったら咎(とが)められるのはきみだろうから。


そう思いながらも俺の胸に精いっぱい身体を寄せてくる彼女の背中に腕を回し、髪を撫でた。



「…大丈夫。大丈夫だ」