なにがあったのかは聞かなかった。
俺はただ、泣いている彼女の涙を拭うように肌を重ねただけ。
あんな泣き顔など見たくなかったから、俺だけを見て欲しかったから。
その元凶だろう男が、しばらくの不在だと。
「ナナシちゃん、食べていいのよー?」
「透子さん、やっぱりダメですか?」
「うーん…、どこか元気がなさそうなのよね…、あとナナシって名前もダメ。ぜんぜん定着してないもの」
「もしかすると支配人がいないのもあるんじゃないですかね…?」
今となってはロビーの顔になりつつある、ナナシという名の俺が拾ってきた子猫。
困ったように見つめる仲居たちの先には、いつもよりキャットフードが残った皿があった。
「一咲、ナナシちゃんのこと注意深く見てあげて」
「動物病院とか…」
「もちろん最終的には考えるけど、看病はあなたの得意分野でしょう?」
「…わかりました」
無意識にも目で追ってしまう。
その小柄で華奢な身体を、俺は昨夜かなり無理させてしまったかもしれない。
本当に壊れてしまっていないか、夜が明けてから不安になった。
それほど、止まれなかった。