「一咲……?」
呼ばれた気がして、涙だらけの顔を向ける。
廊下に灯った小暗い灯りが仄かな輪郭を投影させた。
そこに助け船となるのが───声だ。
「ハルさ、っ」
詳細な理由を聞く前にも、私の身体は抱き上げられていた。
そのまま秒のあいだにも室内に入って、鍵がかけられる。
私だけを守ってくれる腕。
この人だけは、私のことだけを。
「どこに…行って……」
「別館だよ」
別館……?
じゃあ、入れ違っていたの…?
どうして、こんな時間に。
「こんなこと言ったら未練がましいと笑われるかもしれないけれど…、きみが呼んでいる気がしたんだ」
並外れの身体能力だけでなく、聴覚や記憶力も優れている。
そうツクモさんは言っていたけれど、これだけはそこに頼る気持ちにはさせたくない。
「どうして泣いているの」
あなたのやさしい声が好き。
私を前にすると、どこか必死に探り探り言葉を探すところが好き。
そんなにも大切にしてくれるところが。