「っ、愛美……!」
愛美じゃない。
そんなひと、知らない。
知らない人間になれ、だなんて。
声ひとつで私の人生が変わって、声ひとつで私が消されていく。
覆い被さっていた男を押し退けてまで、私は乱れた浴衣のまま部屋を飛び出した。
「ごほっ、ケホッ…!………血……?」
男がそんなふうに咳き込んでいたとは、知らずに。
「……いない……」
山林館にある一室、ひとつのドアの前。
呼びベルを鳴らしてみても返事はなく、なかにいる気配もない。
別館から山林館に繋がる渡り廊下を通って走って来たものの、今になって我にかえる。
「っ…、ぅ…」
脱力するように座り込んだ。
結局は工藤 音也を選んでしまった私だ。
あんなにも訴えかけてくれた彼から目を逸らしてまで。
嫌われてしまったのかもしれない。
唯一、私を見てくれる人だったというのに。