「……ナナシ、お前もまだ起きていたのか」
ミャアミャアと、昨日よりもまた慣れている子猫。
きっとこの子は従業員みんなに可愛がられて、この場所ですくすく育っていくんだろう。
「俺は疲れているんだよ」
パッと離れた手。
音也様は足元のグレー毛を拾い上げ、透子さんへと渡した。
その隙に私は逃げてしまいたかった。
今も私だけをまっすぐ射抜いてくる彼のもとへ。
あの胸にめいっぱい飛び込んで、拐って欲しいと素直に声に出して。
「行くぞ、一咲」
「……はい」
いつだって私にいじわるだ、現実も神様も。
「露天、入るか?」
「……いえ。逆上せてしまうので…、シャワーで大丈夫です」
「わかった」
せめてもの雰囲気づくりのつもりだろうか。
連れられた一室は、空いている客室露天付きの部屋。
この人は今、だれを見ているんだろう。