「こっちに来たらいいのに」


「っ!…動物は、すこし怖い…ので」


「なら、野生動物に対してもそれくらい警戒するべきだと思うな」



屯(たむろ)する従業員たちの集いから抜けて、私のそば。

ここで逃げてしまったらもっと感じが悪くなってしまうと、実際はタイミングを逃したことに対する言い訳にした。



「一咲」



みんながいる場所ではいつもそうは呼ばない。

ただ、今は全員の視線が子猫に一直線だから、端っこの私には誰も気づきもしないのだ。


目すら合わせられなくなってしまった私に、きっと彼は変わらず見つめてくれているんだろう。


ハル、様───。


パクパクと、音がうまく乗らない口だけで名前を型どった。



「…うん」



そしてなぜか聞こえているかのように、そんな返事。

手に触れたい、頬に触れたい、唇に触れたい───たったの「うん」に込められていた欲望。