「こ、こっち…!」
どうして。
どうして私はスケッチブックも色鉛筆も置いて、ただひとつの腕だけを掴んで走っているの。
行きたくない。
あんな人なんかの声を聞きたくない。
私がそう思っていた以上に、「行かせたくない」という目をしていたから───ハル様が。
「ん…?これ一咲のスケッチブックじゃないの。近くにいるのかしら…?もういいわっ、帰ってきたらトイレ掃除ね!!」
風車小屋の扉が運よく開いた。
しかしそこは狭い物置小屋になっていて、なんとか身体を隠せたはいいものの埃っぽくてぎゅうぎゅう。
「…トイレ掃除、俺も一緒にするよ」
「……ごめんなさい。勝手に、こんなこと…」
しゃがんで身をひそめてから、意味もない謝罪。
ハル様のことを探している従業員もいるかもしれないし、さすがに休憩時間は終わっている。
私に合わせるようにハル様もしゃがんで、薄暗いなかで困ったように微笑まれる。