今まで自由を奪われてきた温泉旅館にも、気に入っている場所は幾つかある。

ひとつは、言わずもがな中庭の庭園。


じつを言うとそれだけじゃなく、絵画が飾られた本館から別館へとつづく廊下だったり、自室から見える真っ青な海だったりも。



「うん、今日はこのあたりにしよう」



そして休息は、ここにもひとつ。

空いた時間に私は旅館を抜け出して、裏手にある森林へと出向く。


歩行者が通れる道が確保されてはいるものの、世界にたったひとりが味わえる穴場スポット。


ずっと働き詰めというわけではない。

逆にそうでなければ労働基準法が定められている世の中、星が与えられる華月苑の評判を下げてしまうだけだ。



「あの風車…、いいな…」



あんなところに風車小屋がある。

こんなところに花が咲いている。


目にする発見に心踊らせて、私はA4サイズのスケッチブックと色鉛筆を手に取った。