「一咲、手を…繋いでもいいか」
ここだけでいい。
温泉街に入る前には離す───、
複雑さよりも嬉しさのほうが大きな胸を必死に抑えて、私は彼の手に重ねた。
これは実験も含めている。
ツクモさんに報告するための、実験。
「……うれしい」
それだけでも、うれしい。
今だけでも彼は私を選んでくれた。
それだけでも嬉しいの。
『だからこそ定春にとって情のある女のほうが良かったのだ。お嬢さんが定春とそういった間柄でないことは……誤算だったの』
そんなふうに見えていたということだろうか。
ツクモさんは私に期待をしていたから、必ず来て欲しいと念を押してまで。
単純なのは私も同じです、ハル様。
まさか声に出ているとは思わず、私はぎゅっと目を閉じて幸せを感じた。
「……俺はきみじゃなければ意味がないのにな」
その日の夕食、彼は5合のおひつでお腹を満たしていた。