「そんなこと、ないです」



そんなことない。

そんなこと、ないの。


何度も否定しつづけた私を、抱えた腕が体勢を直すと見せかけて引き寄せてきた感覚があった。



「今日は…走らないのですか?」


「…走って欲しいなら走るかな」


「……歩いて、ほしいです」


「…わかった」



ゆっくり、ゆっくり。

私の案内どおりに進んでくれる、遠回り。



「時代は進むものなんだな…」



建物、街灯、電柱。

すれ違う人間が身に付けている服やバッグに靴、閉店間際のお土産屋さんに売られている商品。


それらを目にするたびに、私の耳には届いてくる。



「ハル様…、」


「うん?」


「……探しに来てくれて…、ありがとう」



毛先が頬っぺたに当たってくすぐったい。

適度な分量が分からず、もしかするといつもシャンプーを付けすぎているのかも。


強く広がる花の匂いとはアンバランスな幼さに、こころが温かくなる。