「……ごめん」



いまは速すぎなくていいのに。

バッと離れてしまった身体は、まだまだ物足りないと言っていた。


5秒ほどしかなかった腕のなか、忘れたくない思い出として心の奥に刻み込まれる。



「…きみが風邪を引いたら、大変だ」



そんなにもせつない顔をしないで。

ここは大きな庭木が陰になってロビーからは見えない場所だから、大丈夫なの。



「……もどり、ましょう」


「…ああ」



ふつうに、普通にするの。

お客様がいるロビーじゃなく、渡り廊下横、従業員専用の隠しドアがあるから。


そこでたまたま通りかかった従業員をぎょっとさせて、とりあえずタオルをもらう。


男性スタッフに彼のことは任せて、私はもう1度、中庭に戻った。

ホースを出しっぱだったから片付けなくちゃ。



「……っ」



ドクドクドクと叩く心臓。
ぎゅうっと、胸の前で握ったこぶし。

前髪から垂れた雫、ひとつ。


私の頬を伝っては流れた───。