「まぁ……去年の話です」と、言葉を濁しておく。

こんないい加減な誤魔化し方で納得してくれるわけがないと思っていたけれど、五十嵐先生は案外あっさりしているようで、それ以上は聞いてこなかった。

正直、思い出したくないというのが本音。


去年の今頃、いつものように歓迎会が開催されていた。

みんないい感じに酔いが回ってきたころ、1人の男性が私に近寄って来たのだ。
彼は、外科病棟のナース。

顔は知っているが、名前は知らない。といった、感じ。

「2人で抜けよう」と言われ、強引に外へ連れて行かれたかと思うと、いきなりキスをされてしまった。

怖くなってそのまま走って逃げたけれど、家に帰ってからも身体の震えが止まらなかったのを今でもよく覚えている。


「これ、別に強制参加じゃないぞ?」

「え? まぁ、そうですけど。でも、一応ドクターたちが計画してくださっているので。それに、今はもう大丈夫ですから」

「そう。それならいいけど」


そう言ったのと同時に、五十嵐先生の院内用のスマホが鳴り始める。
病棟からの呼び出しのようで、電話の対応をしながらその場から離れる五十嵐先生。

1人になり、再び電子カルテに目を落とす。

……もしかして、私のこと気に掛けてくれていたの?
無理に参加させようとしないでいてくれるということは、そういうことだよね。