松葉杖を突きながら来院する若者、車いすに乗せられて来院するお年寄り。
今日のような天気がいい日は、病棟のナースが車いすに患者さんを乗せて桜並木を歩いていたりもしている。

こんな時間が穏やかで、好きだった。


「あれ……五十嵐先生」


車いすで散歩中の患者さんに、近付いて行く1人の男性。

それはつい先ほど、私に雑用を頼んだ五十嵐先生だった。
患者さんの前に屈んだ彼は、少し下の目線から笑顔で患者さんに話し掛けている。

雑用を頼んでおいて感謝の言葉も述べなかった彼は、患者さんの前ではまるで別人のようだ。


五十嵐先生は、この春からこの大音総合病院に異動してきた。

以前いた病院では難しい症例のオペもバリバリとこなしてきたようで『将来有望なドクターだ』と、異動してくる前から話題になっていた程。

ドクターたちが『五十嵐先生は凄腕だ』とざわついている一方で、病棟や外来ナースたちはイケメンかどうかで騒いでいたのを、私は知っている。


「うーん、イケメン……? なのかな」


思わず、声に出してしまった。
慌てて手で口を押えて、周りをきょろきょろと見渡す。

よかった。誰にも聞かれてはいないみたい。
「ふぅ」と安堵のため息を漏らしてから、もう一度窓の外に視線を送ると、もうそこに五十嵐先生の姿はなかった。