お互いに嫌いになったわけでも、どちらかが浮気をしたわけでもない。過ごすうちに、彼はやりたいことを見つけてしまった。

『雫のことは好きだ。でも俺、やっぱり音楽を捨てられない』

そう言い、彼はギターケースと荷物を持って、雫の部屋から出て行った。

煙をゆっくりと吐いた後、雫はタバコの火を消して部屋の中へと戻る。窓の閉めた刹那、風の音が消え、部屋の中は静寂に包まれる。雫に話しかけてくれる明るい声がないのだから、当然だ。

雫がテーブルを見ると、先程まで湯気を立てていたハンバーグはすっかり冷めてしまっていた。それほど長い間、ベランダにいたようだ。

チクタクと秒針の音がうるさく感じる。彼がいた頃は、時計の音を気にしたことなど一度もなかった。

「何で最後に「好き」なんて言うのよ……。嫌いだってトドメを刺してから出て行きなさいよ……」

そう言う雫の瞳から、涙が零れ落ちていく。こんなにも自分は彼に未練があるのかと思いながら、雫はこの部屋に彼が置いていった色鮮やかな思い出をまた頭に浮かべてしまった。