初めてのことだからか、相手が哉人さんだからか。
ううん。そのどっちものせいで、呼吸すら上手くできない。


「…………」


吐息だけで笑われてしまって、もうこれ以上は上がりきれないんじゃないかっていうくらい熱い。


「だーめ。言ったよな、捕まえたって」

「い、言われましたし、そもそも逃げるつもりない……」


「嘘はダメだよ」の次に、耳に口づけられるなんて。
妄想はしていても、あんまり現実味を感じてなかった展開に意識が遠退きそうになる。


「あ……」


自分でしたことなのに、どうして、そこで目を丸めるんだろう。
哉人さんが好きで好きでどうしようもない私なら、尚更そんな反応になることは分かってるくせに。


「……続き、していい? 」


(……哉人さんだ)



にーにでも、お兄ちゃんでもない。
その部分が消えたわけじゃないし、にーにの時だって哉人さんは哉人さん。
それでも、その声を聞いた瞬間にそう思った。
今まで知らなかった、もしかしたら隠してくれようとしていた部分に初めて触れた気がして、嬉しさと不安でごちゃまぜになるけど。

やめてほしくない。
今日こそは、絶対。

そんな気持ちををまた確認してくれたんだと思って、しっかり頷いてみせた。





・・・








(……どこを見ればいいんでしょうか……)



ドラマにしろ、漫画にしろ、事後どうしたらいいのか教えてくれなかった。
いや、最中のこともそうだったから、ちゃんとできた自信はない。
とにかくとにかく、私はお兄ちゃんにしがみつくだけで、でも顔を隠すことは許してもらえなくて。


『まゆり……』


――なのに、呼んでいてほしくて見つめてしまう。
「好きだよ」って言ってほしくて、くっついてしまって――……。


(…………無理! 思い出すの終了!! )


「なに百面相してるの」

「わ……っ」


忍び笑いが聞こえたと思ったら、真上にお兄ちゃんの顔があった。


「お、起きてたんですか。狡い……」

「何がだよ。まゆりこそ、挙動不審で可愛いの狡いだろ。つい、そのまま放置しちゃった」

「変だと思ったんなら、放置しないでください……! 」


ジタバタするのはフェイクだってバレてるぞ――そう言われてるみたいな、余裕いっぱいのキス。
不満だけど、嫌ではないのだってバレバレなんだろう。
しばらくキスが続いて、哉人さんが身体を退けようとした時には、私の手が引き留めていた。


「……大丈夫……? じゃないよな。ごめん」

「そ、それはそうなんですが。だ、大丈夫です。それより、その……気を遣わせてすみません。私が……」


その手を見てきょとんとした後、また「それダメ」って言われたのはどうしてだろう。
不思議そうじゃなくて、きっと寂しそうにしていたのか、哉人さんは困ったように笑って抱きしめてくれた。


「初めてだから気を遣ったのでも、優しくしたんでもない。……好きだから、優しくしたかっただけ。それもできたか自信ないし」

「そんなこと……」


再び唇を塞がれて、その先は言えなかったけど。
私にとっては、他の人ではあり得ない幸せな体験だった。


「……哉人さんだったから」

「……ん。ありがと。もう離すつもりない」


(〜〜その、脈略のない「ん」はなんですか!? )


そんな文句は、一文字も出ることなく塞がれ続けて。


「可愛いの代償。……諦めよっか」


そんな恥ずかしいことはじっと見つめて言ったくせに、「愛してる」は私が耐えきれなくなって目を瞑ってから。


(……私だって)


おあいこだ。
離れるつもりがないのは、私だって同じなんだから。

――ね、にーにで許嫁で婚約者だった、すぐそこの未来での旦那さま。







【おわり】