「はー、もう。笑いすぎて疲れた」

「本当に笑いすぎですよ……。奥さん見つけて爆笑って、意味不明すぎてみんなポカンじゃないですか」


久々のお兄ちゃんの部屋。
ううん、遊びに来たことはあったけど、きっと今日は――……。
そんな期待と不安を引っ込めて、できるだけ拗ねてみる。


「違うよ。普段真面目で堅苦しくて、無表情な俺が笑ったから、みんな驚いてただけ。それに、可愛い奥さん見つけて笑顔にならない方がおかしいだろ」

「……語弊がありすぎませんか……。奥さんに会えて嬉しい笑顔っていうのはもっとこう、何ていうかふわっとして、甘くて……」


――今みたいな、そんな表情。


「……何だよ。続き、言えば? 」

「や、やっぱりいいです! 」


(……その、乙女の妄想そのまま反映したみたいな顔、反則……!! )


「会いたかった」

「……っ」


広い部屋は逃げ放題のはずだったのに、簡単に囚われてしまう。


「……そんな顔、してるだろ」

「…………うん」


してる。


「捕まえた。大丈夫? 捕まったって自覚ある? 」


甘くて、優しくて。
何か、ふわふわの可愛いものを見るみたいな。
それでいて熱っぽくて、身体の芯まで溶かされちゃいそうな。


「今度は、お前から飛び込んできたんだからな。何の話があって来たんだか知らないけど、もう離すつもりないから」


そんな強制が嘘だって、抱きしめられるだけで分かる。
懇願するように後ろから唇が耳に触れて、爪先が床から浮いてしまいそうなほどふわふわする。


「哉人さんこそ、覚悟はいいですか? 私が現れたってことは、どんなにロマンチックな雰囲気を作ったって、めちゃくちゃなことが起きるってことですよ」


(……想定外のことが、既に起きたけど)


少し強張った哉人さんの手に、自分の手を重ねて。


「私と結婚してください。私はいろいろとまだまだですけど。でも、もう後戻りはしないから。誰に何を言われても、立ち止まっても。また、何度でも自分で哉人さんのところまで全力で走っていくから。だから……っ」


何度でも、何度でも。
こうしてキスしてもらいたくて、哉人さんの腕に飛び込みに行く。
きっとまた、足踏み状態になるだろう。
でもね、今はこう思うようにしてる。

足踏みだって、1cmだって真上に足を上げたのなら。
再び下ろすには、後ろに下がる方が無理なんだって。
ただ、前に進んだ距離がごくごく僅かだから、頑張った分が水の泡になったみたいに見えるだけで。
本当は何処にも飛び散っても、消えてもいない。
私のなかに、吸い込まれていっただけ。


「そんな覚悟、お前に再会した時点でとっくにしてる。ついでに。婚約者になって、彼氏になって……本当にどうしようもなく離したくなくなってからは、そのめちゃくちゃな彼女をどうにかロマンチックに戻す覚悟もしてる」

「……これからは、本当に奥さんですよ? 」


ねぇ、にーに。
そのめちゃくちゃが、再び日常になる覚悟はできてますか?


「まあ、もう退屈はできないよな。面白くも何ともない俺の人生変えちゃったんだから、さっさと責任取って……」


――俺と結婚してください。


「……喜んで」


もう一度、唇が重なる。
いつもと同じくらい優しいけど、どこか何かが違うと感じるのはきっと、私の準備ができたから。
どうしたらそれが伝わるのか分からず、とても口にはできない私は。


「……まゆ……」


綺麗に締められたネクタイを、そっと引いた。