もう何回朝目覚めたら、お兄ちゃんの気配を感じないことに慣れるんだろう。
毎朝そう思うことには慣れたのに、肝心のお兄ちゃんがいないこと自体には、いつまで経っても寂しさは消えなかった。

でも、それを感じるたびに自覚するんだ。

私、哉人さんが好き。

堂々と哉人さんの側にいられる自分になりたい。
哉人さんは哉人さんの歩み方がある。
止まって待っててほしいなんて、そんな自分勝手な甘えはいつの間にかほとんどなくなっていた。
もちろん、完全には消滅してくれなくて、自分の歩幅の狭さが嫌になることもある。
それでも、やっぱりこの気持ちに戻ってくるんだ。

哉人さんが好き。
他に、これ以上の想いを抱えることはできない。
だから――……。


「もう少しだけ」


――私に頑張らせてください。





・・・




「本当に出てっちゃったんだ」


眼鏡姿の依子さんは、今日も甘いラテを飲んでいる。
私のブラックコーヒーを「オトナね」ってからかって、ケーキとラテを交互に口に運んでいた。


「馬鹿ね」

「……言う人みんなに言われますけど。ハッキリ度は、依子さんが断トツ一位です」


苦いコーヒーにも、いつしか慣れてたんだな。


『え? 今日はブラックでいいんだ。無理して俺に合わせなくても……別に合わせてないって? そっか。まゆりも大人になっちゃったんだな』


お兄ちゃんも、いちいちそんな意地悪を言ってきたっけ。


「でも、まゆりちゃんのそういうところ、結構好きよ。哉人くんにも合ってると思う。余計なお世話だけど」


二度と会えないわけじゃない。
別れたのでもなければ、私の意思で部屋を出たのに。
思い出しては目の奥が熱くなる私は、本当に勝手だ。


「嬉しいですよ。私も、依子さんのそういうところ、かなり好きです」


胸焼けしそうなくらい、甘い物ばかり食べちゃう依子さんも。その幸せそうな顔も。
辛辣なようで、ふわりとした優しさも。
もちろん、綺麗で凛とした依子さんも憧れだ。


「あ、この前のピアス、ありがと」

「こちらこそ、着けてきてくれて嬉しいです! 」


気を遣って着けてくれたんだろうけど、やっぱり自分が作ったものを身に着けてくれる人を見ると最高に幸せな気分。


「で、どうなの? 哉人くんへの借金。嘆いてたわよ、返さなくていいから早く帰ってきてほしいのに、なかなか返してくれないって。支離滅裂」

「……う、すべてその通りなんですけど……最近、注文が増えてきて。家賃半年分とはいえ、幸いというかボロ……質素な部屋だったので、贅沢しなければそろそろ返せそうなんです。有り難いことに、なぜか一気に増えたんですよね……」


相変わらず、低評価を貰うこともある。
でも、めげずにいられるのは、自分がやりたいから。
好きなこと、好きな人の為なら、たとえ途中で止まってもやっぱり戻ってくる。
何度でも、どんなに時間がかかっても。
お兄ちゃんに再会して、好きになって――お兄ちゃんだけじゃない、依子さんや彼女さんの生き方に触れて、それを認めることができた。


「実力よ。それにプラス、努力と使った時間とそれから……ちょっとした起爆剤」

「起爆剤? 」

「そう」


テーブルに置かれた依子さんのスマホを見下ろすと、彼女さんとのツーショットがSNSにアップされていて。


「あ……!! 」


二人とも、この前渡したアクセサリーを身に着けてくれていた。


「ちょっとどころじゃないですよ! うわ……だからだ。何かすみません……」


お気遣いのおかげだったんだ。
やっとそう気づいた私は、しきりに恐縮したけど。


「たとえ有名人が上げたって、それそのものが酷かったら流行ったりしないわよ。今は良くても、雑に対応すれば地に落ちるのもあっという間。それがなかったってことは、誰のおかげでもない。まゆりちゃんの成果でしょう」

「……はい。頑張ります」


依子さんの言うとおりだ。
自然と伸びた背筋を見て今度はふわっと笑って、依子さんは甘いケーキをお裾分けしてくれた。