「……父さん」

「…………えっ!? 」


役職とそれのどちらで呼ぼうか迷ったのか、やや遅れてお兄ちゃんが言った。


「こんなところで何やってるんだ。融通が利かないにも程があるだろう」

「……誰も入って来ない予定だったので」


まさか、お父さん――社長が来るほどの会議だったなんて。
あの人が嫌がらせをする日を今日に選んだのも、それが理由だったのかもしれない。


「哉人さんは悪くないです……! 私が馬鹿すぎるからこんな……」

「まゆりこそ悪くないって言ったろ。恥ずかしい思いしてまで、俺を助けてくれたんだから」


ご挨拶がこんな形になるなんて、最悪だ。
お兄ちゃんの家族とは関係良好でいられると思ったのに、更に大変なことになってしまう。
何より、このことでお兄ちゃんが叱責されたら。


「なんだ、どういうことだ? 」

「部下の暴動を止められなかっただけだよ。前からそんな気配はあったのに、放っておいた俺の管理不足」

「……っ、何言ってるんですか。お兄ちゃんのせいのわけな……っ」


喚く私を「あー、よしよし」と抱きしめてくるあたり、社長だろうが父親だろうが、お兄ちゃんは最早気にしないことにしたみたいだけど。


「……そうか。本当にあのまゆりちゃんか」

「ずっとそう言って……笑いすぎだろ。失礼だよ。まあ、確かに、こういうところは昔のまゆりと一致するところがあるけど」


(……フォローになってない)


昔のまゆりと一致してちゃ、ダメなところなのに。
寧ろそのイメージを払拭して、お兄ちゃんに相応しい大人の女性だって認識してもらわないといけないのに、私はなんてことをしたんだろう。


「……けど、今のまゆりは、俺には勿体ない最高の女性だよ。今日のことだってそう。ありがとな」

「……なんでそうなるんですか……。あんなふざけたお披露目ないですよ。大反対されないといいけど……」


ふと吐息が前髪を擽る。
嫌な思いをさせたかと不安になって見上げると、安心させるように髪を撫で――それから、背中を抱く腕に少し力を込めた。


「誰にも反対なんてさせない。そんな権利、誰にもないって分からせるさ。……俺自身にも」


こんな間抜けな出来事で、そんなに深く重く受け止めさせてしまった。
悩ませたくなくて、その為に何かしたくて堪らなかったのに。
これ以上何を後悔して、どう伝えたらいいのか。
何も出てこないくせに、開いた唇をそっと哉人さんの親指が止める。


「決意? そりゃ、するだろ。可愛い奥さんが、とんでもないこと頑張ってしてくれたんだから。俺の為にめちゃくちゃなことするお前見てたら、改めてそう思った」

「……お兄ちゃん」


あの頃と同じだ。
なぜか自分に懐いてる子どもに対しての、責任や義務感――……。


「じゃ、なくなる決意。……めちゃくちゃだけど、だからこそ嬉しかったし。引っ込み思案なとこあるのに、俺のことだと何してもめちゃくちゃになっちゃうお前見てると、愛しいしかないから」

「……う、そ、そんな、めちゃくちゃを連呼しないでください。いつもこうじゃないし、哉人さんにしかめちゃくちゃなこと起きないんですからね」


いいのか悪いのか。
いや、良くはないんだろうけど。
私が訳分からなくなるほど好きになったのは、絶対に哉人さんだけだった。


「伝わってるよ」


笑って、もっとぎゅっと。
私が苦しくないくらいを狙って。
その笑顔はちょっとだけ子どもっぼくて、哉人さんが私を選んだのは、本当に過去一盛大な我儘なのかもしれない。


「まったく。とにかく、対処して回れよ。みんな冷やかしたいらしいから。まゆりちゃんにも苦労を掛けるかもしれないけど」

「そんな、そもそも私のせい……っ、く、苦しいのですが」


嘘。
あんまり苦しくない。
少なくとも、哉人さんの胸に埋もれる心地よさの方が圧倒的に勝っている。


「はい、聞こえない。冷やかされるのは構わないけど、ま、まゆりにも手伝ってもらおうかな。いろいろ報告する手間が省けるし、これでまゆりも逃げられなくなるし」


――いらっしゃい、奥さん。