(……会議、本当に始まってた……)


重役会議真っ只中、いや、お兄ちゃん自身が重役なんだから当たり前か。


「申し訳ありません。お止めしたのですが、受付で騒いでいらしたので」


やけに素直に教えてくれると思ったら、こういうことだったんだ。
成功率の低い嫌がらせよりも、確実に大幅に評価を落とす為。
自由にさせていたくせに、今頃後ろから私の肩を掴んで止めたりして。


「……どうしたの。何があった? 大丈夫か? 」


まんまと利用された私を怒ることもなく、「失礼します」と周りに断りを入れて、いつもの哉人さんが近づいてくる。


「……あの」


何もかも完璧な哉人さんの、初のスキャンダル。
それも、こんなふざけた形の。
申し訳なさすぎて泣きたいのをぐっと堪え、今この時点でできる最善のことを私なりに必死に考えた。


「ん? (大丈夫か? 何があったか言える? )」


髪を撫でながら、いちゃつくふりをして耳元で尋ねてくれる。
これだって、大問題だ。
怒らないどころか、私のせいにしないで引き受けてくれようとするお兄ちゃんを見ていると、自分が恥ずかしくてみっともなくてどうしようもない。


「……ごめんなさい。寂しかったんです」


でも、私は今やらなきゃいけないことをやるしかない。

――哉人さんを、間抜けにだけはさせない。


「(その書類、数字が違うって)」


馬鹿なのは私だ。
いつも簡単に騙されるし、寂しいってだけで我慢できずに飛び出して、仕事中の旦那さんのところに押しかけて。
会社の人の前でくっついて、まるでキスを強請るように顔を近づけている。


「……そうか。最近、帰りが遅かったから。ごめん、これ終わるまで待てる? 隣の部屋開いてるから、そこにいて」

「……はい。……ごめんなさい」


それだけですぐに察してくれたお兄ちゃんは、こんなとんでもない展開にも「いいよ」って笑って。
私の背中をそっと押して、隣の部屋へと誘導してくれた。


(……本当にごめんなさい)


言うまでもない、この痛すぎる視線を私一人で浴びさせない為だ。
優しすぎて、早く一人になって泣いてしまいたい。


「失礼しました。お止めできなくて……」

「事情は後で聞くけど、これだけは言っておく」


さっき男に掴まれた肩をそっと包んで、「おいで」。
私ですら脳が処理しきれないほどの声のトーンの違いは、私を大切に想ってくれてるのが伝わるだけじゃなく。


「今度、彼女に乱暴なことをすれば許さない。俺のことはたいてい笑って許すけど、妻のことは融通利かないから。……覚えといてくれるかな」


この男――ううん、この場にいる全員への牽制。
こんな馬鹿なことをしでかしたのに、守ってくれてるんだ。


「……ありがとな。ちょっと待ってて」


泣きそうな顔を見て笑って、もう一度頭を撫でて。
頷くしかできない私に、お兄ちゃんは「いいこ」って囁く甘い意地悪までしてくれた。
だからせめて、私は幸せいっぱいって感じで笑ってみせるんだ。
いくら自分が情けなくたって、そんな演技でも何でもないことくらい、私にだってできるんだから。