「畏まりました。お渡ししておきます」


(……ので、お引き取りください、になるよね。そりゃ)


感じよく、有無を言わせぬ口調の受付に納得してばかりもいられない。
何とかして、さっきのことをお兄ちゃんに伝えなきゃ。


「あの、直接渡したいのですが」


……って言って通してもらえるようなら、こんなに立派な受付も警備も最初からないはずだ。


「……会議中ですので……」

「まだ始まってないですよね? 申し訳ないんですけど、直接伝えたいことがあるので……」


(……って、ん? )


そうだ、直接電話したらいいんだ。
私用スマホは持ってるんだし。


(私の馬鹿……)


「すみません、やっぱり大丈……」

「あれ。あなたは確か……」


取り次ぎは諦めて、いったん先にお兄ちゃんに連絡してみようと受付に背を向けた時。


「あ、やっぱり。あの時の婚約者さん……だと思ったら、奥様だったんですね」


さっきの男。
いつの間に戻って来たんだろう。


「僕のこと覚えてますよね? さっき、どこかで見たことあるなと思って。戻ってきてよかったな。……もしかして、さっきの聞かれちゃいました? 」

「……な、何のことでしょうか。私、哉人さんの忘れ物を届けに来ただけで」


ここに入るところを見られてたなんて、どうしよう。
確かに、お兄ちゃんは私の助けなんてなくても、この人の悪巧みなんて瞬時で気がつきそうだけど。
もし――……。


(……もし、何かあったら……? )


「そうだったんですか。それなら、僕がお連れしますよ。もちろん、本当はダメですけど。奥様なら大目に見てくれるでしょうし。逆に喜ばれるでしょうから」

「……ありがとうございます」


このままここにいたって、押し問答が続くだけだ。
何を考えてるのか分からないけど、とりあえずこの人に着いていくしかない。


「ああ、僕がご案内するので大丈夫ですよ」


困惑しきった受付の人に笑顔を向けると、私をエレベータへと誘う。
これで、お兄ちゃんへの連絡は絶たれてしまった。


(……まさか、帰してもらえないなんてことは……)


さすがに、そんな犯罪はしないだろうか。でも――……。


「……なに。せっかくの可愛い顔が台無し」

「……何のつもりですか」


エレベータで二人きりになると、さっき聞いた素の口調で思ってもないことをさらりと言ってくれた。


「旦那さんのところまでお連れしてるんですよ。はい、どうぞ」


このフロアに、本当に哉人さんがいるのかな。
本当だとして、たくさんある部屋のどれに、哉人さんが――……。


「そんな顔しなくても、本当にここだって。部屋はあっち。まだ会議始まるには時間あるから、運がよければ一人かもよ」

「……何の真似? 」


そんなこと、素直に教えてくれるなんて。
お兄ちゃんを陥れようとする人の行動とは思えない。


「書類のことなんて、ただのお遊び。上手くいったら面白いけど、言ったとおりあの人なら事前に気づくでしょ。盛大に間違うこと、期待してはいるけどそれだけ。それより、あんたが乗り込んできた時の顔見たいと思って。その突き当り。……あ、そこから入ると、人目につかずに会えるかも」

「……どうも」


そんなにお兄ちゃんが困った顔が見たいのか。
確かに、さすがのお兄ちゃんも私が社内に乗り込んでくることは想定してないだろうけど。


「はい」


ノックの返事がお兄ちゃんの声だったから、ほっとして勢いよく開けて中を覗くと。


「……っ、奥様、困ります……! 」


さっきまでのんびりしてた男の、嘘くさく焦った声が後ろで聞こえて、ハッとした時には既に遅し。


「……まゆり? 」


そこには、さすがにびっくりした顔のお兄ちゃん――だけじゃなく。
何とも偉そうな方々がひしめいていて、その顔が一斉にこっちを向いていた。