それを大人のキスだと思っていた自分が、ものすごく恥ずかしかった。
目や耳から入ってくる情報がまだまだ物語に近かったのだと愕然としている間に、もっとお兄ちゃんに抱き寄せられた。


「……逃げたいの? だーめだよ。忠告聞かなかったの、まゆりだろ。そう何回も確認してあげない」


意思に反して腰が引いたのを阻まれて、これ以上熱くなりようがないと思った頬が更にかあっと温度を上げた。


「からかって遊んでたみたいだったかもしれないけど、実際優しかったのは、昔そうなりたかった優しいにーにの俺。……哉人さん、は違うって分かった? ……やっぱり
遅すぎたな」


大人のキスなんて、所詮子どもが考えた表現だ。
触れていく感覚も「触れる」だけじゃないことを知っていてはいても、どれだけ自分が幼かったか思い知らされる。


「あの頃ちっともできなかったから。……もう、そんなこと言えない。何回も思い出して、今、頭の中で必死に消してる」


小さな私の記憶は、お兄ちゃんを苦しませるのかな。
そう思うと申し訳なくて、ぎゅっとしがみついた。

私はもう、お兄ちゃんじゃなく哉人さんの膝にいるんだ。
ソファでも、昔みたいに抱っこを強請ったんでもない。


「哉人さんは優しいです。私が求める優しさが変わっただけ」


(……責任、とって)


今、自分の気持ちに責任取る時だと思えた。
下手くそでも、伝えたいと思った。
言葉じゃ上手く言えなくても、生々しくて形にするのを憚られても。
もう子どもじゃない私は、自分の責任で行動することができる。

私に迷いがないのは、もちろんこの人が大好きだから。
でも、それだけじゃない。
「お兄ちゃん」がずっと私にはその対象だったからだ。
だから、お兄ちゃんの迷いや苦悩は理解できないのだと思う。

「私はもう大人だから、気にしないで」
そんな無責任なことすら、言いたくなる。


「……っ」


(……大丈夫。私、責任取れる)


「……そういえば、してなかったよな。まゆりからキスの練習。相変わらず下手くそ」

「……可愛いからしなくてもいいって言いましたー」


ムード壊したかな。
笑ってくれたのはよかったけど、やっぱり色っぽさは大幅激減して結構落ち込む。
でも、私とその先に進むのに、後ろめたさは感じてほしくない。
決めたのは、哉人さんだけじゃないから。


「ん。しなくていいよ」


不自然なくらい、にこっとした笑顔が何だか胡散臭い。
本能的にそれを感じ取ったのか、無意識に哉人さんとの間に生まれた隙間をまたぐっと詰められる。


「だってさ。そのうち覚えるだろ。……一回許してもらえたら、もう二度と前には戻れないから」


警鐘が「当たり」だと言わんばかりに、すぐそこでスッと切れ長の目が真剣になって。


「しません。……哉人さんが教えてくれるから」


もう待ったなしというように、分かりやすく唸る。
もう何度目か覚悟したのに、まだ合図してくれるの。
拗ねる代わりに今度は首を傾げてみれば、今度こそ指先が髪の隙間を縫って耳に触れて――もう片方は腰から背中へと上り、やっと私を逃げられなくする。


「俺で覚えてもいいけど。……他で絶対使うなよ」


そんな馬鹿なことを言うお兄ちゃん――哉人さんが、ほんの少し余裕を失くしてくれたように見えて愛しい。
子どもっぽいと照れたのか、今度はちゃんと笑って。
本当のお子さまがキスに溺れている隙に、体勢を変えて私をソファの背に押しつけた。
それでも自制するように、肘掛けを片手で押さえながら。