その日は同じ上がり時間が私と渚先輩だけで、「送ってくよ」って今日も言ってくれた渚先輩の好意を断り続けるのも失礼だし、一緒に帰ることになった。

「さっきは本当にごめんな」

「なんでそんなに謝るんですか。私は助けてもらえて本当に心強かったです」

「でも勝手に“俺の彼女だ”とかさ。シイナちゃんにも彼氏くんにも失礼じゃん」

「あそこはああ言うしか無かったと思います。そのおかげであの人達もあれ以上何も言わなかったし」

「ありがとう。シイナちゃんは優しいな」

渚先輩がちょっと歩くスピードを速めるから、慌てて後を追った。

「先輩!?」

私に呼ばれて振り返った先輩は、ハニかんでいたけれど、困ったような表情を共存させて、夜の闇の中で私を見た。

小さい街灯だけが私達を照らしていて、静かだった。

「シイナちゃんに彼氏が居なければ良かったのにな」

「先輩?」

「誰の物でもなければ迷わず告白してるのにな」

「…からかわないでください」

「…信じてくれないの?」

その言葉に、なんて返せばいいのか分からなかった。

「どう答えたら正解なんですか」

こっちがからかうみたいに笑って言ってみたら、先輩は「ごめん」って小さく呟くだけで、また歩き出してしまう。

少しだけ距離を置いて後を追った。

先輩の言葉を無かったことにしちゃダメな気がした。

そう思ったけれど、私には先輩の言葉を受け取ることはできなくて、背中を向けてしまった先輩に、これ以上何も言うことができなかった。

「忘れて」

そんな言葉が聞こえた気がした。
聞き間違いかもしれないけれど、聞き返すことができなかった。