――夕食後、リーディエが部屋に戻ってからの談話室。
シーシャを楽しむ父の傍ら、ソラウは不機嫌を隠しもしない。
夕飯を食べたら帰宅するつもりだったのに「話がある」と引き留められて泊まるしかなくなってしまった。
「いい加減、なんの話しか教えてくれない? 父さん」
痺れを切らして、髪をかき上げながら睨みつけるソラウ。
二十六歳になってもまだ子どもじみた息子に、仕方なく瞼を閉じる。
「私は二十代半ばの頃に、誤って『聖女の里』に入ってしまったことがある。その話はしたことがあったかな?」
「え? ああ、まあ、有名な話だよね。光の季節で影樹からドラゴンが生まれてしまい、その討伐で秘境に迷い込んだんだっけ?」
「そう。男人禁制の『聖女の里』に入って、罰として聖痕を刻まれた。これにより、私は光の神と聖女が輝いて視えるようになったのだ」
「なに? 自慢? そういう貴族の言い回しとかウザいからやめてって言ってるじゃん」
「はあ……」
怪訝な表情のソラウに、深く溜息を吐く。
この子は、本当に王侯貴族に向いていない。
血筋はこのプロティファ王国王家、前王の王弟ジャスティ・ティファリオ公爵。
第一婦人と第二夫人の間に七人の兄がいるので公爵家は長男ルディに譲ったが、このソラウはジャスティの聖痕の”力”をそのまま受け継いだ無二の存在。
男でありながら聖女と同じ聖魔力を宿し産まれ、それとは別に国始まって以来の神童と騒がれるほどの天才だった。
一度読んだものはすべて暗記してしまうらしく、九歳で王立プロティファ学園高等部の全教科を終了。
聖女派遣のない現代において膨大な魔力量と聖魔力を用いて影樹伐採に多大な貢献を行い、プロティファ王国を含むの五ヵ国より【聖人】として認定を受けている英雄。
これらの功績を以ってジャスティの王位継承権をそのまま受け継ぎ、プロティファ王国王位継承権第三位。
王宮からは「ぜひ、王宮魔法師筆頭に」、王立プロティファ学園高等部からは「ぜひ、魔法学の教員に」、国外からも「ぜひ、我が国に勉強に来られませんか」等々各所から熱烈な打診があとを絶たない。
そんな鬼才に生まれた息子を誇りに思っているけれど、当の本人はこれである。
幼少期から過剰なほどの賞賛と妬み嫉みを一身に浴びてきたせいで、完全に捻くれた。
現在は王都郊外のこの屋敷から少し離れた小さな屋敷で、祝石の研究に没頭している。
祝石とは、聖魔力で起こすささやかな浄化の奇跡、[祝福]を宝石に施すことで様々な効果を発揮した加護石の総称。
二十年前に聖女が『聖女の里』から派遣された時、各国の王都を守護する祝石を浄化、魔物の入らない安全な土地に変えたことに興味を持ち、自身の聖魔力を利用して多種多様な祝石を量産している。
宝石の種類によって現れる加護が違うことから、それを解明していくのが面白くてたまらないらしい。
特に影樹から生まれる魔石は一度[祝福]で浄化してからもう一度[祝福]をかけることで、宝石の祝石とはまったく違う加護や能力を発揮する。
魔物の種類によって魔石の祝石の効果が異なると突き止めたのも、このソラウだ。
若干二十六歳の若さで各国の歴史に名を刻んだ【聖人】ソラウ・ティファリオ。
(肩書ばっかり立派になっちゃって……はああ……)
シーシャを一口吸って、吐き出す。
これで二十六。
結婚適齢期はとうに過ぎ、肩書と権力、金に目の眩んだ女ばかり見すぎたせいで完全な女性不信。
家族以外、この屋敷の使用人すら信用しようとしない極度の人間嫌い。
なまじ能力が高すぎるせいか、精神面はあまり成長しているように見えないのも頭痛の種。
ジャスティも異母兄たちも産後の肥立ちが悪く、ソラウを産んでそのまま逝ってしまった母親のことがあるからどうしても強くは叱れない。
母親をそんなふうに失った子に生意気を言われると、甘やかしてあげたくなってしまうのだ。
家族くらいは能力や功績を褒めるのではなく、そのせいで起こる困りごとを解決してあげよう――というように。
「うん、まあ、だからね……リーディエ嬢は――」
「もういいよ。あの子のことを調べる時間がほしいんでしょ。なんで『聖女の里』から派遣されてない聖女が田舎の伯爵家にいたのか意味わかんないもんね。俺のところならあの子を守れるし、守りながら立場を自覚、確立させられるだろうしね。ちょうど細工師がほしかったからいいよ」
「ええ……? そこまでちゃんとわかっていたの?」
「少し考えればわかるけど? っていうか、そんなのわざわざ『話があるから泊まれ』なんて言われるまでもないのに、本当に回りくどくて面倒くさい」
本当に頭の回転と理解が早い。
それなのになんで息子との時間を楽しみたい父心は理解してくれないんだろうか。
溜息の代わりにシーシャを一口。
吐き出してから「ソウダヨ」と少しいじけて見せた。
「光の神の光の力を吸収する『聖女の里』の聖女の派遣は、吸収した光の神の力を定期的に各国へ配分し、光の神の”後光”による影樹出現を予告するものでもある。聖女の出現は我が国だけの問題ではない。聖女の独占だけでも重罪だが、聖女の扱いがあまりにも雑すぎるのも不可解。聖女と同等の立場である【聖人】のお前のもとがもっとも安全だろう。彼女の聖女としての能力も知りたい。頼んだよ」
「はあーい。じゃあもう寝るから。おやすみ」
「あ、うん……」
不安である。
シーシャを楽しむ父の傍ら、ソラウは不機嫌を隠しもしない。
夕飯を食べたら帰宅するつもりだったのに「話がある」と引き留められて泊まるしかなくなってしまった。
「いい加減、なんの話しか教えてくれない? 父さん」
痺れを切らして、髪をかき上げながら睨みつけるソラウ。
二十六歳になってもまだ子どもじみた息子に、仕方なく瞼を閉じる。
「私は二十代半ばの頃に、誤って『聖女の里』に入ってしまったことがある。その話はしたことがあったかな?」
「え? ああ、まあ、有名な話だよね。光の季節で影樹からドラゴンが生まれてしまい、その討伐で秘境に迷い込んだんだっけ?」
「そう。男人禁制の『聖女の里』に入って、罰として聖痕を刻まれた。これにより、私は光の神と聖女が輝いて視えるようになったのだ」
「なに? 自慢? そういう貴族の言い回しとかウザいからやめてって言ってるじゃん」
「はあ……」
怪訝な表情のソラウに、深く溜息を吐く。
この子は、本当に王侯貴族に向いていない。
血筋はこのプロティファ王国王家、前王の王弟ジャスティ・ティファリオ公爵。
第一婦人と第二夫人の間に七人の兄がいるので公爵家は長男ルディに譲ったが、このソラウはジャスティの聖痕の”力”をそのまま受け継いだ無二の存在。
男でありながら聖女と同じ聖魔力を宿し産まれ、それとは別に国始まって以来の神童と騒がれるほどの天才だった。
一度読んだものはすべて暗記してしまうらしく、九歳で王立プロティファ学園高等部の全教科を終了。
聖女派遣のない現代において膨大な魔力量と聖魔力を用いて影樹伐採に多大な貢献を行い、プロティファ王国を含むの五ヵ国より【聖人】として認定を受けている英雄。
これらの功績を以ってジャスティの王位継承権をそのまま受け継ぎ、プロティファ王国王位継承権第三位。
王宮からは「ぜひ、王宮魔法師筆頭に」、王立プロティファ学園高等部からは「ぜひ、魔法学の教員に」、国外からも「ぜひ、我が国に勉強に来られませんか」等々各所から熱烈な打診があとを絶たない。
そんな鬼才に生まれた息子を誇りに思っているけれど、当の本人はこれである。
幼少期から過剰なほどの賞賛と妬み嫉みを一身に浴びてきたせいで、完全に捻くれた。
現在は王都郊外のこの屋敷から少し離れた小さな屋敷で、祝石の研究に没頭している。
祝石とは、聖魔力で起こすささやかな浄化の奇跡、[祝福]を宝石に施すことで様々な効果を発揮した加護石の総称。
二十年前に聖女が『聖女の里』から派遣された時、各国の王都を守護する祝石を浄化、魔物の入らない安全な土地に変えたことに興味を持ち、自身の聖魔力を利用して多種多様な祝石を量産している。
宝石の種類によって現れる加護が違うことから、それを解明していくのが面白くてたまらないらしい。
特に影樹から生まれる魔石は一度[祝福]で浄化してからもう一度[祝福]をかけることで、宝石の祝石とはまったく違う加護や能力を発揮する。
魔物の種類によって魔石の祝石の効果が異なると突き止めたのも、このソラウだ。
若干二十六歳の若さで各国の歴史に名を刻んだ【聖人】ソラウ・ティファリオ。
(肩書ばっかり立派になっちゃって……はああ……)
シーシャを一口吸って、吐き出す。
これで二十六。
結婚適齢期はとうに過ぎ、肩書と権力、金に目の眩んだ女ばかり見すぎたせいで完全な女性不信。
家族以外、この屋敷の使用人すら信用しようとしない極度の人間嫌い。
なまじ能力が高すぎるせいか、精神面はあまり成長しているように見えないのも頭痛の種。
ジャスティも異母兄たちも産後の肥立ちが悪く、ソラウを産んでそのまま逝ってしまった母親のことがあるからどうしても強くは叱れない。
母親をそんなふうに失った子に生意気を言われると、甘やかしてあげたくなってしまうのだ。
家族くらいは能力や功績を褒めるのではなく、そのせいで起こる困りごとを解決してあげよう――というように。
「うん、まあ、だからね……リーディエ嬢は――」
「もういいよ。あの子のことを調べる時間がほしいんでしょ。なんで『聖女の里』から派遣されてない聖女が田舎の伯爵家にいたのか意味わかんないもんね。俺のところならあの子を守れるし、守りながら立場を自覚、確立させられるだろうしね。ちょうど細工師がほしかったからいいよ」
「ええ……? そこまでちゃんとわかっていたの?」
「少し考えればわかるけど? っていうか、そんなのわざわざ『話があるから泊まれ』なんて言われるまでもないのに、本当に回りくどくて面倒くさい」
本当に頭の回転と理解が早い。
それなのになんで息子との時間を楽しみたい父心は理解してくれないんだろうか。
溜息の代わりにシーシャを一口。
吐き出してから「ソウダヨ」と少しいじけて見せた。
「光の神の光の力を吸収する『聖女の里』の聖女の派遣は、吸収した光の神の力を定期的に各国へ配分し、光の神の”後光”による影樹出現を予告するものでもある。聖女の出現は我が国だけの問題ではない。聖女の独占だけでも重罪だが、聖女の扱いがあまりにも雑すぎるのも不可解。聖女と同等の立場である【聖人】のお前のもとがもっとも安全だろう。彼女の聖女としての能力も知りたい。頼んだよ」
「はあーい。じゃあもう寝るから。おやすみ」
「あ、うん……」
不安である。