今になって不安が込みあげてきた。小さな違和感はその場では平気なことが多い。でも積みかさなって大きくなれば、私が亜純さんではないとバレてしまうだろう。


「助かりました、本当にありがとう」


 はにかむように幌延さんが笑った。長いまつ毛に縁取られた瞳は、静かな光だけをたたえている。……本心からか、社交辞令からか、全くわからない。

 でも拙いのならそう言ってくれるはずだ。変に遠慮をしていれば、蝶子さんにバレるのは時間の問題になるだろう。忌憚なく意見を出しあえる空気は必須だし、その空気を作りあげるのに気を張っていなければ。


「前田さん」


 幌延さんは身体の向きを変えて、私の右手をつかんだ。まるで腕相撲でもするようなつかみ方だなぁ、と思うよりも先に、両手で私の手を包みこむ。


「あなただけが頼りです」


 敬虔な信者が、すがるように祈っている。

 私の目にはそう映った。

 反射的に左手を彼の両手にそえた。熱量のある視線に、恐れず自分の目を合わせる。


「絶対に、成功させます」


 余裕を見せるように微笑むでもなく、ただただ真摯に、真剣な眼差しをもって幌延さんの意志に応える。
 
 お金も権力も地位もない、それどころか職や家すらない一般庶民の私が、差しだせるものなんてこのくらいしかないのだから。

 幌延さんが力強くうなずいた。目にも手にも熱があって、この人となら上手くいく、そう思えた。