私が「ここは純仁に任せるから、ご飯は一緒によそっちゃおう」と、菜箸やお玉を幌延さんに渡す。
「ああ、そうね。もうこんな時間!」
蝶子さんは時計を見ると、慌ててキッチンへと向かう。私は幌延さんに一瞬だけ目配せすると、蝶子さんを追うようにキッチンまで足を速めた。
「やっぱりすき焼きにはご飯よねぇ」
蝶子さんはもう踊りだしそうな勢いでしゃもじを握っていた。ルンルンという効果音が聞こえてくるような気さえする。
「あの甘くてしょっぱい感じが合うんだよねぇ」
私も蝶子さんに調子を合わせた。お肉をといた卵に浸して食べる瞬間を想像して、ヨダレが口から溢れそうになる。
それにしても、幌延さんのすき焼きはいい匂いがしたな……。
私がまだ見ぬ鍋の中身に妄想をふくらませていると、蝶子さんの訝しむ表情が目に入ってきた。
「亜純、貴女うどん派だったんじゃないの?」
一瞬、頭が真っ白になった。
食の細かい好みまで聞いておけばよかった……と思っても後の祭りだ。ここはどうにかして切り抜けなきゃならない。
私はコンマ何秒かで思考を巡らせ、にっこり笑ってみせた。