お箸や受け皿を用意して、リビングへと向かう。すると、タイミングよく蝶子さんがエプロンをつけ終えたところだった。
「ちょっと待っててね、すぐよそっちゃうから……」
「ゆっくりでいいよ、すき焼きは逃げたりしないし」
幌延さんは続けて、「俺たちですき焼きよそっちゃうね」と目を細めた。私も同調して、「こっち終わったら手伝いにいくね」と口の端を上げてみせた。
だれもが納得するだろう“理想の団らん”がここにあった。ただし、それは私と幌延さんが蝶子さんを騙すことで成立したもの。薄氷の上に築かれたものだ。
今でこそ蝶子さんは私が亜純さんだと信じてる。でも1時間後、1分後、1秒後はわからない。バレて責められるかもしれないし、上手いこと演じてるかもしれない。
それは幌延さんも同じだ。ちらりと横目で見れば、額に汗をかいている。
「純くん、暑い? 大丈夫?」
「さっきまで料理してたからね、そのせいだよ」
蝶子さんは眉尻を下げてリモコンを握った。幌延さんは笑顔を貼りつけたまま、「エアコンはそのままで大丈夫だよ」と白い歯を見せる。
「おばあちゃん、やっぱり急ごう。大河ドラマ始まっちゃうよ?」