新庄くんの手から、あたしの手へ。

見慣れているはずのたまご蒸しパンはいつもより断然おいしそうで、食べるのがもったいなくて、いまのこの時間ごととっておきたいような気がして。


だから、あたしからも新庄くんみたいに……。



「こ、これ、もらってくれますか?!」

「ん?」

「あたしも、新庄くんと分け合いたいです!」



お弁当箱を無遠慮に新庄くんの目の前に掲げて、その中にあるアスパラベーコン巻きを指さす。

エビフライと同じぐらいあたしの好きなお弁当メニューだ。

目をぱちっと瞬きをした新庄くんに、ハートがちょこんとついているピックに刺さったその一つを差し出す。


心が急いて、気持ちが熱くなって。

……受け取って欲しくて、受け取ってくれるかと少しだけ怖くなる。


指先に力を込めすぎてふるふる揺れるアスパラベーコン巻きの向こうで、まん丸だった新庄くんの瞳から力が抜けた。


あ、と思ったときには、新庄くんの指先が、こつんとピックを掴むあたしの爪に触れた。



「……指、震えてる」

「っ、あの、緊張しちゃって、ご、ごめ」

「ううん……」

「あの、アスパラ好きですか?! ベーコン、だいじょう、っ」



言葉が、どこかに吸い込まれた。


するりと新庄くんの指先が流れて、あたしの爪先から、指をなぞるように触れていく。

ゆっくりと、あたしの手に新庄くんの大きな手のひらが重なる。

直接感じる体温が、あたしにうつる。じわじわと熱を帯びて、息が詰まって……。


その優しい熱に誘われるように視線を上げれば、新庄くんで視界が占められた。


少しだけ引き寄せられた手、目前で揺れた黒いさらさらの髪、伏し目がちな瞳を隠す長い睫毛。

鼻先を掠める、このまえ知ったばかりの爽やかな香り。

……近づいて初めて知った、新庄くん。


身構える隙もなく、あっという間にあたしの全部がいっぱいになって。



「……うまっ」



繋がったままの手には、もうアスパラベーコン巻きはないけれど。

目を細めて、嬉しそうに、あたしをまっすぐにみて言ってくれるから。

何かがふわりと、気持ちの間を吹き抜けた。




それからも、新庄くんはあたしの練習に毎日のように付き合ってくれた。

新庄くんのパンと、あたしのお弁当のおかずを交換するのは、もはやいつものことになった。

ただ、この練習の成果を新庄師匠にお披露目できるときがなかなか来ないことだけが、申し訳なかったのだけれど。



「(あ……、)」



その発表舞台は、ある日のお昼休みに突然訪れた。