すーっと肺を開くと、新鮮な空気が満たしてくれる。新庄くんのとなりで取り入れたそれは、ほんのちょっぴりだけ甘いような気がした。



「……たまご、」

「うん」

「たまご蒸しパン、お、おいしいですよね。あたし、も、すきです……」

「え、そーだったんだ?」

「はい、し、新庄くんが食べているのを見るたび、あ、あたしもって言いたかったんですけど、なかなか言えなくて」



こんな些細なことも伝えられないなんて。それに、こんなに待ってもらってまで聞いてもらうことでもなかったと恥ずかしくなって、しゅんと肩を下げる。


なのに、新庄くんは目元をほんのり赤くして。

あまり見たことのない気の抜けたような表情で、優しい言葉をくれるから。あたしの下ったはずの気持ちはすぐに上向く。



「それ、なんか、うれしーわ」

「……あたしも、うれしいです」

「っ、……あ、じゃぁさ、半分食べる?」

「……ハンブ、ン?」



ハンブン、とは……?

ちょっとだけ文字化に遅れたあたしの目の前に、半分に割られたたまご蒸しパンが差し出された。



「はい、どーぞ」

「え、え、はんぶ……?!っ、いいえ、いいえ……!!」

「その”いいえ”は、友達の間では受付不可能ですー」

「そ、そうなんですか?!」



なんと!友達同士では受付不可能な”いいえ”があるらしい。初めて知った!さすが師匠!……いや、神。……いや、友達マスター。……いやいや……。


ううん、そこはなんでもいい。あたしの心配はそこではなくて。

新庄くんの大好物を奪ってしまうなんて。


恐れ多くて手を出せずにいるあたしを、新庄くんがふと見つめる。

目が合うと、また胸の奥がきゅっと音を立てた。



「好きなものは、大事な人と分け合うともっとおいしくって、好きになるって知ってる?」

「っ、」

「だから、俺は柏木さんと半分したいんだけど?」

「あ、の……」

「だめ?」

「っ、いいえ……!!」



だめなわけがない。

精一杯の”いいえ”を差し出すと、新庄くんがかくんっと頭を垂れて口元を手のひらで抑え、はぁーと息を吐き出した。


「(な、なにか、あたし悪いこと……)」


そう不安になったのは一瞬で。

すぐ顔を上げてこっちを見てくれた新庄くんと視線が重なって。

まっすぐと絡まっていたそれが、新庄くんの柔さを孕んだ瞳で解かれて。



「その”いいえ”は、俺が幸せになるやつだ」



ありがと、と耳を真っ赤にしてはにかむ新庄くんに、ぎゅっとあたしのなかのまだ知らない場所が音を立てた。