「今日は父さんが帰ってくるのよ? 長旅の疲れを癒してあげられるよう笑顔でいましょ? 面倒な掃除や料理は姉さんにやらせればいいんだし」
「そうだね。文では良い藤柄の反物が手に入ったとあったし、お前の晴れ着を新調しましょうか」
「本当? 嬉しい! 父さん、早く帰って来ないかしら」

 春音の登場に厳しかった顔を和らげた母。
 二人は美鶴の存在など忘れたかのように父の帰りを楽しみにしている。

「夕刻前には帰ってくるとあったけれど、最近は晴れていたし道も歩きやすいでしょう。きっと陽が傾く前には帰ってくるわ。それより春音、あなたちゃんと(くし)は通したの? 少し跳ねているわよ?」
「え⁉ 嘘、ちゃんと梳いたのに」
「仕方ないわね、母さんがやってあげる。寝室へ戻りましょう」

 そうして二人は寝室に消えてゆく。
 美鶴の存在など意識の欠片にも残っていないのだろう。一瞥(いちべつ)することもなかった。

 それを美鶴は無感情に見届ける。
 仲のいい母娘。母の愛情を一身に受けた春音。
 そこに自分の居場所を求めるのはとうに諦めた。

 昔は愛して貰えていたような気もするが、記憶すら定かではない幼き時分のこと。
 美鶴が異能持ちだと判明してからは、両親は自分を得体の知れないものとして扱うようになった。

 この故妖国は妖が統べる国。
 それ故か、この国の人間には数代に一人ほどの確率で異能を持つ者が生まれると言われている。
 その稀な確率で美鶴は予知の異能を持って生まれてしまった。
 幾度となく美鶴が口にした言葉が的中したことで異能を持っていることが発覚したのだ。