なんて下品なんだろう。人を陥れようとする意志だけがとにかく強い。私と彼は深い関係でした、なんて嘘を並べるだなんて、普通の人間は出来ない。そして生憎、こちらも普通の人間ではない契約結婚なので、物事を冷静に判断できる。普通の少女漫画なら、ヒロインの私が『そんな……あのバストには敵わない、涙……』ってなってたかもしれないけど。いやなるのか?

「舞香」

 背後から声がする。玲がこちらに歩み寄ってきた。私を迎えに来てくれたらしい。彼は楓さんを睨むようにすると、私の隣りに立ち、いつかのようにすっと腰に手を回して私を引き寄せた。

 だが、何度かされているそのしぐさに、今日は少し心臓が鳴ってしまった。久しぶりだからだろうか?

「楓さん、何か妻に御用でしたか?」

「……いえ。お手洗いを借りにきただけです」

 彼女はそう答えると、そのままトイレへと入って行ってしまった。

 玲はこちらを見てくる。心配そうな視線だった。そういえば、今まで玲の近くにいる女は苛め抜かれた、って言ってたっけ。

「ごめん、気づくのが遅かった」

「心配してくれてたの?」

「うーん、まあ舞香が負ける心配はしてなかった」

「あは、正解!」

 私達は笑いあい、そのまま寄り添いながらトイレを後にした。





 結局その後も、重い空気のまま盛り上がることもなく、食事会は終わった。お義母さまはこれ見よがしに楓さんと仲良く話し、私をのけ者扱いしていたが、私は涼しい顔をして、玲と小声で話していた。内容と言えばくだらない事なのだが、向こうから見ればいちゃついてるように見えたらしく、楓さんが凄い目で睨んでいた。

 そのまま解散。家政婦さんに見送られながら、来た時のように圭吾さんの運転で帰路についた。

 車を走らせた途端、私は行儀が悪いと知りながらも、窓ガラスにもたれて背中の力を抜き、ずるずると体を倒れさせた。

「疲れた……」

「舞香さん、お疲れ様です。ミルクティーいりますか? お二人とも食事も味わえなかっただろうなと思って、作ってきたんです」

「うわあ、圭吾さんありがとうございます!」

 タンブラーに入ったものを受け取り、甘いミルクティーを飲んだ。ほっと染み入る優しい味で、今日食べた高級食材たちよりずっと美味しいと思った。

 隣で玲も飲んでいる。なんだかんだ、きっと彼も緊張していたのだろう。圭吾さんが言う。

「僕、時折様子が気になって盗み聞きしてたんですよ……もう、舞香さんの対応があまりに凄くて、笑ってしまいそうでした。見事ですよ」

「ええ、ほんとですか? まあ、私も思ったこと言い返せたのは楽しかったですけど、どう考えても溝が深まっただけのような気がします」