幼い頃得られなかった親の愛を欲しがるのは、当然の事だと私は思っている。

 そんな玲が家も捨てて私と新しい人生を始める、と言い出してくれたのは、とても嬉しかったんだ。

「始まりはめちゃくちゃだったけど、でも舞香に頼んでよかった」

「そう思うと、クズ親父の借金がなければ、私はこの仕事に乗ってなかっただろうから、あいつにも感謝かなあ」

「はは、結果論で言えばな。色んな偶然が重なって今がある。俺はこれまで、金はあってもいい人生と思ったことはなかった。でも、今幸せだから、全部許せる」

 いつも突然素直になるんだ。聞いてるこちらは恥ずかしい。私は顔を俯かせる。

 車がマンションの駐車場に入っていく。いつもの場所に停め、エンジンを切った。さて家に帰ってお風呂にでも入ろうかと、シートベルトを外した時、突然玲が私の手を握ってきた。

 大きく熱いその手が、普段の彼とはちょっと違うな、と思わせた。

 彼はいろんな顔を持っている。普段は憎たらしい顔で悪口を言ってくるかと思いきや、突然熱っぽい目で私を見てくる。素直に笑う時もあれば、恐ろしいくらいに怒る時もある。

 玲は何度か私の手を握りなおし、子供みたいに笑う。

「ほんと、あの時小学生の頃の舞香を思い出した自分を褒め称えたい。生まれ変わってもあそこの選択だけは間違えられない」

「ま、まあ、あの時来てくれなかったら私もやばかったのは間違いないけど……」

「俺の誕生日の日、つい舞香の手を握ってしまった。お前も握り返してきたからびっくりした」

「びっくりしたのはこっちだよ。どういう意味なんだろう、ってモヤモヤしてたんだから」

「ごめん。案外自分は自制が効かない人間なんだって分かった」

 そう言った玲が、我慢しきれないというように私にキスを落とした。自制が効かないのは、間違いないらしい。

 しばらくキスが繰り返される。車の中は、ちょっと体勢が辛い。

 私は少し離れて非難する。

「もう家は目の前なのに、我慢できないの?」

「んーできないかな」

「いやちょ」

 こちらの答えも聞かずに、再度私にキスをする。何度も何度も繰り返される優しいキスから、愛が伝わってくる気がした。

 普段あんなに口が悪いくせに、信じられないほどキスは優しい。

 こっちが恥ずかしくなってしまうぐらいに。

「……ちょっと、もういいから、人が通るかもしれないじゃん」

「通ってもいいじゃん、ヤッてるわけじゃあるまいし」

「やだよ、家の駐車場で何やってんだって思われるよ」

「したいときにして何が悪い」

 不満げに玲は言う。まだしたそうに、私の方を見ては口を尖らせている。その光景が本当に子どもで、私は吹きだして笑ってしまった。

 これがあの二階堂玲? 人格二つ持ってんのか。

「家に帰ったらいくらでもしていいから」

「嘘だ、舞香は今テレビ見てるとか言うじゃん」

「テレビ見終わったらしていいから」

「ほらテレビ優先」

「今日見たいバラエティあるからさ!」

 笑いながらようやく車のドアを開ける。玲も仕方なさそうに続いた。鞄を手に持ち、歩き出そうとしたところで、いつの間にかこちら側に回ってきていた玲が目の前に立っていることに気が付く。

 そして、またしても私を抱きしめながらキスをしてきた。

……なんていうか、玲って、恋愛するとこういうタイプだったんだなあ……

 これかなり意外。スイッチが入ったら、なかなか止まってくれない。さっきまで勇太と私を馬鹿にしてたくせに。

「……ちょっと」

「はあ。しょうがないから帰る」

「エレベーター乗るだけじゃん」

「俺の家は最上階だから、エレベーターも乗ってる時間が長いんだよ」

「何気に金持ち自慢するな」

「つか、結婚式どうする」

「パピーたち大張り切りなんだけど……私招待したい人なんて数人だよ」

「サクラ用意するか」

「いやだあ! むなしい!」

「あと子供どうする」

「いやこんなとこで話すこと?」

「俺何人でもいいけど産むのは舞香だからなあ、無責任に希望は言えないな」

「だからこんなとこで話すこと?」

 仕方ないとばかりに歩き出した玲が、私の手を握ってきた。それくらいはまあいいかと、私も握り返す。

 二人でやんややんやと騒がしく言い合いながら、エレベーターへ向かって歩調を合わせつつ進んでいく。

 さあ、帰ろうかな、私達の家に。

 高級マンションじゃなくたって、例えば地震が来たら崩れ落ちそうなおんぼろアパートだって、

 大事な人がそばにいてくれたら、それでいい。

 幸せが詰まってる帰る場所。




おわり。