私達夫婦を見て、勇太が声をあげて笑った。そして、どこか安心したように言う。

「うん、本当に仲良さそうでよかったです。俺の家もこんないい所用意してもらってるし、感謝してもしきれません」

「勇太、一年後にはまた一緒に暮らすつもりだったよね!? 寂しくない? なんなら私たちの家に来ても」

「冗談。新婚の家になんて住みたくねーし。一人暮らし楽しいから。受験さえ終われば俺もバイトするから」

 寂しくないのか。私は頬を膨らませる。ブラコンの自分は、勇太と一緒に暮らせないのがちょっと寂しかったんだけどなあ。でもまあ、年頃の男の子からすれば姉と二人暮らしより、一人の方が楽しいに決まってるよね。

 私は頷いた。

「時々様子見にくるし、勇太も遊びにおいで」

「うん、受験終わったらゆっくり遊びに行くよ。二階堂さん」

 勇太は玲を見た。そして、ゆっくり頭を下げる。

「姉を選んでくれてありがとうございます。こんな姉ですけど、小さい頃から俺のせいで自分を後回しにしてきた人で、努力もたくさんしてきた大事な姉です。必ず幸せにしてください」

「勇太……」

「ちょっとがさつだけど、その分強いし優しいです。俺が保証します」

「やめてよお、泣いちゃうじゃん!!」

 ぶわっと涙が出てくる。幼い頃から肩を寄せ合って二人で生きてきた勇太が、大人になってるなと感じたのだ。それに、私をそんなふうに思ってくれたなんて。

 玲は茶化すことはせず、しっかりと答えた。

「絶対に舞香を裏切るようなことはしません」

「よろしくお願いします」

「勇太も、受験終わったらぱーっと羽を伸ばすぞ。三人で旅行とか」

「勘弁してください、新婚旅行についていきたくないですよ」

「俺らが新婚旅行できゃっきゃすると思うか? いつでもこのノリだから安心しろ」

 二人は楽しそうに話している。仲良くなってくれそうで安心した。まあ、元々玲は勇太の事も気にかけてくれていたし、大事にしてくれると思う。

 家族が増えた。
 
 勇太と二人きりだった家族に、玲が加わったのだ。私は目を細めて二人を眺める。

 今までの人生、思い出したくもないシーンがたくさんあったけれど、それでも今こうして幸せが目の前にあるのなら、全て必要なものだったとも思えた。





 夕暮れの中を、玲が車を走らせる。

 勇太と三人で食事も取り、彼の家から帰宅した。高級料理を玲がおごってくれたので、勇太は目をキラキラさせて喜んでいたので、私もとても嬉しくなってしまった。

「玲、ありがとう」

 私はぽつりと言った。

「何が」

「勇太のこと。嬉しそうだったよ」

「俺一人っ子だから、弟出来るの結構嬉しいかも。しかも、あいつはお前と違って素直そうだからな。舞香みたいな妹はごめんだけど」

「私だって玲みたいなお兄ちゃんいらないよ」

 車が広い道を静かに走って行く。自分たちの住むマンションがちらりと見えてきた。

 約半年前、玲に急に連れてこられたあのマンションだ。一年で終わるはずが、まさか今後ずっと住むことになるなんて、あの頃は想像もしていなかった。

 マンションに向かって車を走らせながら、玲がぽつりと言った。

「礼を言うのはこっちだ。結局、二階堂に戻ってこれたのも、舞香が作り上げた人脈のおかげだった」

「何言ってるの? 玲が仕事を頑張ってきたからもでしょ」

「それに、ぎりぎりまで親を捨てる勇気が持てなかった情けない俺が、全部を捨ててもいいと思えたのは舞香のおかげだから。あの決意が無ければ、親はいつまでも俺の話を聞いてはくれなかった」

 情けない、なんて思ってはいない。