夕方になり、一旦読んでいた本を置いた。疲れたので紅茶でも飲もうかと立ち上がる。

 ダイニングテーブルには、相変わらず私の勉強道具が所狭しと並んでいる。学び終えると、次から次へと畑山さんや圭吾さんが与えてくるからだ。おかげでこの四か月で知識が倍ぐらいになったんじゃないかと思ってる。

 お湯を沸かして茶葉の種類を見ていると、玄関が開く音がした。時計を見上げると、普段の帰宅より大分早い。珍しいことがあるもんだと思った。

 テーブルの上を一旦片付けねばと動いたとき、リビングの扉が勢いよく開かれた。そして、玲が一人立っていたのだ。

「あ、おかえり。早かったね! あれ、圭吾さんは?」

 いつも帰宅は圭吾さんと一緒で、三人で夕食を取るのがお決まりとなっていた。でも今日は圭吾さんがいない。玲はどこか不機嫌そうな顔で中に入り、ソファにどさっと腰かけた。

「圭吾はまだ仕事してる」

「そうなの? あ、もしかしてどっか体調悪いとか!? 大丈夫なの」

「体調が悪いわけじゃない」

「ふーん? 紅茶淹れるけど飲む?」

「……もらう」

 私はテーブルを簡単に片づけ、紅茶を淹れた。いい香りが部屋に充満する。高級なお茶はさすが違うなあ、と唸りながら、ティーカップを二つ並べた。

「はいどーぞ」

 玲は返事もせずこちらに歩み寄り、椅子に腰かけた。なんか、機嫌悪い? 私は正面に座りその顔を眺めた。

「今日……悪かったな」

「ああ、全然大丈夫だよ。タクシーでぴゅーんっていっただけだし」

「あのさ、あいつもしかして、前付き合ってたやつ?」

 低い声で玲が言った。私はああ、と素直に頷く。

「前言ったよね、丁度玲と会ったあの日、他に付き合ってる子がいるからって振られたの。ちなみに今日隣にいた女の子が、その時の二股相手らしい」

「どれくらい付き合ってた」

「半年だったね」

 玲は静かにティーカップを置いた。その音がやけに響いて聞こえて、なぜかこちらの体が強張った。何か余計な事を言っただろうか。でも今日和人と鉢合わせたのは偶然だし、私は向こうにそんな変なことは言ってないつもりなんだが。

「あー、なんか怒ってる? 和人たちに強めに切れたのがよくなかったかな、人通りも多かったし……なんか言われた? 二階堂の妻としてとか」

「見る目がない」

「へ?」

 玲はむすっとした顔でこちらを見る。そして苛立っているように、テーブルに置いた手の人差し指がトントン跳ねている。