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千歳は力強く階段を上がっていく。
一歩上がるごとに涙が滲んで視界が悪くなるから、手の甲で涙を拭った。
今にも後ろから明宏が追いかけてきてくれるんじゃないかと期待する。

けれどそんな些細な妄想は打ち砕かれるようにして、階段を上がりきってしまった。
再び2階へ上がってきた瞬間、涙が頬を流れていった。

明宏は本当に追いかけてきてくれなかった。
あれだけ千歳のことをかばってくれていたはずなのに。
それがすべてウソで演技だったとは思えない。

単純に、若葉への気持ちが勝ったんだろう。
ゾンビに襲われて感染してしまった若葉を、明宏はついにほっとけなくなったんだ。

千歳は鼻をすすり上げて思い出す。
教室内での些細なわだかまりが、ずっと胸の中に残っていたのだ。

それは若葉が教科書を忘れたときのことだった。
『どうしよう、誰かに借りにいかなきゃ』