幼馴染、なんかじゃない



「おい緋鞠」

八時二十分。

クラスメイトが続々と揃うこの時間帯、喧騒の中眠っていた私を起こしたのは男物の声だった。

お母さんに何回名前を呼ばれても起きない私が一発で起きるのはこの声だけ。

まだ少し眠い瞼を擦り私は上を見た。


「あ、翔斗! 朝私のこと置いて行ったよね?」


咲田翔斗。

年長の時に近所に引っ越してきた彼は、小中高と同じ俗に言う幼馴染だ。


顔も整ってるし大体なんでもできるけど、なんでこんなやつに惚れたんだろうと思うほど意地悪な時がある。


今日だって、私がちょっと待ち合わせ時間に遅れたくらいで先に学校に行くくらいだ。


「遅刻してきた方が悪い。」

「たかが一分じゃん」

「されど一分。」

「そんな酷いこと言わないでよ。てか学校間に合うんだしよくない…?」

「いや、約束は約束。」

「もう柚月、なんか言ってよぉ」

「今日も相変わらず仲良いね。」


ニコニコ笑顔でそう答える親友の柚月は、優しくてちょっと天然。

「仲良くないし!」


「あれ、ここはハモるとこだと思うんだけどな…」

私もちょっと思ったけれども!

首を傾げている柚月を尻目に、私は翔斗を睨む。



「ほんっとひどい! だから女子にモテないんだよ。」

「あ? 告白もされたことのないお子様のくせによく言えるな。」

「…うーわ。」


「てかお前今日日直だろ? 
早く職員室行ってきたほうがいいんじゃないのか?」

「これから行くよ。翔斗こそ何か私に言うことがあって来たんじゃないの?」

「あー…」



そこで初めて翔斗は、少しバツの悪そうな顔をした。


「今日の放課後行く予定だったコンビニアイスの引換券、部活で行けなくなったから俺の分もやる。」

「えええー! 嘘でしょ?」


この前学校帰りに2人でコンビニに寄った時、期限が今日までのアイス引換券が付いて来たので今度一緒に行こうと約束をしたのだ。



「じゃあ翔斗が部活終わるまで待っとく。」

折角の放課後ミニデートができるチャンスを失いたくなくて、私は諦めずに言う。


「お前の母さんに心配かけるだろ?」


気を遣われて、素直に頷くしかなかった。

ちっちゃい頃に親が離婚した私の家では、今日までお母さんが女手一つで私を育ててくれた。

そのせいか私のお母さんも、このことを知っている翔斗や柚月も心配性で特に同じ母子家庭である翔斗は何かあるたびに“お前の母さんが心配する”を連発させる。


「…わかったよ。その代わりさ、今度この前できたクレープ屋さん連れて行ってね。」

「はいはい。」

明らかに呆れた顔をした翔斗は、授業の開始五分前を知らせるチャイムが鳴って自分の席に戻って行った。