公爵家の隠し子だと判明した私は、いびられる所か溺愛されています。

「ねえ、あんまりよくわからないんだけど……ルネリアは、あのサガード様という王子様のことが好きなの?」

 私達が悩んでいると、オルティナがそんなことを言ってきた。
 彼女は、未だに状況を掴めていないようだ。今は、彼女が疑問に思っていることを確かめようとしている所なのだが、それはまったくわかっていないらしい。

「あのね、オルティナ。今はルネリアが、サガード様のことが好きかどうかを確かめようとしているの。ルネリア自身も、まだ自分の気持ちがわからないのよ」
「……そうなんだ。それじゃあ、簡単だね」
「簡単?」

 私の説明に対して、オルティナはそのように言ってきた。
 簡単、まさかそんなことを言われるとは思っていなかった。私達が悩んでも出なかった答えは、彼女が出してくれそうだ。

「ルネリアは、サガード様のことが好きじゃないよ」
「え?」
「え?」

 オルティナの言葉に、私とルネリアは驚いていた。
 どうやら、彼女の考えは、私とはまったく異なるものであるようだ。

「どうして、そう思うのかしら?」
「……だって、なんか嫌だもん」
「嫌?」
「ルネリアを取られたくない」
「な、なるほど……」

 オルティナの主張は、とても単純だった。サガード様にルネリアを取られたくないから嫌いでいい。そういう考えのようだ。
 それは、オルティナらしいといえば、それまでのことである。ただ、それではルネリアの心は解決することはできない。

「ルネリアは、私のものだもん。サガード王子になんて、渡したくない」
「オ、オルティナお姉様……」

 オルティナは、ルネリアに抱き着いていた。その様子は微笑ましい。しかし、時々これで大丈夫なのだろうかと思うこともある。
 ルネリアだけではなく、オルティナだっていつかは婚約しなければならない。それを彼女は、果たしてわかっているのだろうか。

「ま、まあ、ルネリアもまだよくわからないということよね。その……多分、いつかこれだって、というものがあると思うから、その時を待ってみるのもいいかもしれないわね」
「そ、そうですか?」
「ええ……その時が来なかったら、違うということになるともいえる訳だし」
「わ、わかりました」

 私は、とりあえずそのように話をまとめておいた。
 恐らく、ルネリアはサガード様に好意を抱いていると思う。ただ、それをまだ本人はわかっていない。それを私が言うのは、違うだろう。
 という訳で、こういう形で落としておくことにした。きっと、ルネリアもいつか自分で気付くはずだ。そのように思ったのである。
 私は、ゆっくりと目を覚ました。どうやら、朝が来たようである。
 私は、ふと横を確認した。すると、そこにはオルティナお姉様がいる。
 彼女は、最近よく私と一緒に寝ている。最初に一緒に寝た時から、頻繁に私の部屋に来るようになったのだ。

「オルティナお姉様は、本当に……」

 オルティナお姉様は、私のことを好いてくれている。それは、ありがたいことだ。
 その明るさに、私は救われた。お母さんが亡くなった後、落ち込んでいた私を元気にしてくれたのは彼女だ。
 もちろん、他の家族の助けもあった。ただ、最初に私に手を差し伸べてくれたのは、彼女なのである。

「でも……」

 しかし、時々思うことがあるのだ。彼女は、どうして私をここまで好いてくれるのだろうかと。
 思えば、それは不思議なことである。私と彼女には、血の繋がりはあるが、この公爵家に来るまで関りはなかった。
 それなのに、彼女は最初から私に積極的に話しかけてきた。それは、どういうことなのだろうか。
 また、その後、私をこんなにも好いてくれているのは、何故なのだろう。そんな風な疑問を時々私は抱くことがあるのだ。

「……」

 そして、時々思うのである。彼女は、本当に私を好いてくれているのだろうかと。



◇◇◇



「私ね、妹が欲しかったんだ」
「そうなんですか?」

 いつだったか、私はオルティナお姉様からそんなことを言われた。
 妹が欲しかった。その言葉を聞いた時には、特に何も思っていなかったような気がする。
 一人っ子だった私も、その気持ちは少しだけわかったからだ。兄弟というものに憧れがあるのと同じように末っ子のお姉様は、下の子が欲しかったのだろう。そのように考えていた気がする。

「まあ、弟でも良かったんだけど……とにかく、お姉様になりたかったんだ」
「お姉様になりたかった……」
「なんていうのかな……うーん、よくわからないけど、私は一番下だったからだと思うんだ。ルネリアも、そう思ったりする?」
「そうですね……私も、妹や弟が欲しいと思ったことはあります」
「やっぱり、そういうものなのかな?」

 ただ、お姉様になりたかったというオルティナお姉様の言葉に、私の中には疑問が生まれたのだ。
 もしかしたら、オルティナお姉様は妹というものを好いているのではないかと。
 それが、あまり良くない考えだということはわかっている。だけど、オルティナお姉様が見ているのは妹という概念そのものなのではないかとそう思ってしまうのだ。
 そのことは、普段考えないようにしている。くだらないことだと、自分でもわかっているからだ。
 私の悩みというものは、考えてみればとても根深いものなのかもしれない。
 なぜなら、お母さんがどうして私のことを大切にしてくれていたかなんて、私にはわからないからだ。
 それは、自分自身にも当てはまることである。どうして、私は皆のことが好きなのか。そう聞かれると、私も答えは出て来ないのだ。

「……こういう時、一人で悩んでもろくなことにはならないんだよね」

 そんな風に悩んでいても無駄だということは、わかっている。誰かに相談するべきだろう。
 今までは、目をそらしてきた。だが、そろそろこの悩みには答えを出すべきなのだろう。今朝起きてまたそのことについて考えてしまったので、私はそう思うようになっていたのだ。
 という訳で、私はとある人の部屋の前まで来ている。こういう時に相談できる人は、多分この人だろう。

「失礼します」
「あら? ルネリア?」
「イルフェアお姉様、少し相談したいことがあるんですけど……」
「そうなの? とりあえず、入ってちょうだい」

 私は、イルフェアお姉様に相談することにした。
 彼女は、とても大人である。そんな彼女なら、私のこの悩みの答えを教えてくれると思うのだ。

「お邪魔します」
「ええ、いらっしゃい。そこに座って」
「は、はい……」

 私は、イルフェアお姉様と机を挟んで座る。
 そこで、私は少し言葉に詰まってしまう。どうやって切り出していいかわからなかったからだ。
 そんな私の言葉を、イルフィアお姉様は待ってくれている。その心遣いが、とてもありがたい。
 イルフェアお姉様は、とても落ち着いている。これが、大人の余裕というものなのだろうか。

「実は……オルティナお姉様のことで、相談があるんです」
「……あら?」

 私の言葉に、イルフェアお姉様は少し面食らったような顔をしていた。
 どうやら、私のこの相談というのは、彼女にとって予想外のものだったようだ。

「オルティナのことなのね……私、てっきりサガード様のことかと思ったわ」
「サガード……あっ」

 イルフェアお姉様の言葉に、私は気付いた。
 そういえば、私は先日彼女に呼び出されて、そのことについて色々と話し合った。その流れから考えると、確かに相談というのはそのことであるというのが自然なような気がする。

「ええっと……サガードのことは、まだ考え中です」
「そうなのね……」

 サガードのことも、私が悩んでいることの一つだ。それは未だに答えが出ていない。
 ただ、今日来たのはそのことではないのである。もっと別のことなのだ。
「えっと……それで、オルティナのことで相談があるのよね? それは、どういう内容なのかしら?」
「あ、その……なんと言ったらいいか、自分でもよくわからないことなんですけど……」
「そうなの? まあ、順を追って説明してみて」
「は、はい……」

 イルフェアお姉様の言葉に、私は少し考える。順を追って説明するということは、最初から伝えていかなければならないということだ。
 私がオルティナお姉様に抱いているこの思いの始まりは、どこからだろうか。やはり、私に彼女が手を差し伸べてくれたことからだろうか。

「その……ここに来たばかりの時、私は落ち込んでいましたよね?」
「……ええ」
「そんな時、オルティナお姉様は手を差し伸べてくれました。そのおかげもあって、私は立ち直ることができました。もちろん、イルフェアお姉様や他の皆が優しくしてくれたというのもありますけど……」
「確かに、最初にあなたに手を伸ばしたのは、あの子だったわね」

 とりあえず、私は最初にオルティナお姉様から手を差し伸べてもらったことから話すことにした。
 それは、あまり明るい話ではない。だが、恐らく必要な話なので、話しておくべきだろう。

「それからしばらくして、私はオルティナお姉様から言われました。ずっと妹が欲しかったと……」
「ああ、確かにあの子はずっとそう言っていたわね……」
「その時はなんとも思っていなかったんですけど……その言葉が、ずっと引っかかっていて……」
「引っかかる? どうして?」

 私の言葉に、イルフェアお姉様は首を傾げていた。
 それは当然だろう。オルティナお姉様の言葉は、普通に考えれば、別に引っかかる所などないからだ。
 だが、私は引っかかってしまった。それから、ずっと余計なことを考えるようになってしまったのである。

「オルティナお姉様は、私のことを大好きだと言ってくれます。でも、それはもしかしたら、妹のことが大好きということなのかな、と思うんです」
「妹のことが大好き……個人ではなく、妹として見ているということかしら?」
「はい……」
「なるほど、話は大体わかったわ」

 私の言葉に、イルフェアお姉様はゆっくりと頷いてくれた。どうやら、事情を理解してくれたようである。
 やはり、イルフェアお姉様は聡明な方だ。私のこんなにたどたどしい説明で理解するなんて、流石である。
 彼女は、何かを考えるような仕草をしている。恐らく、私の問題への答えを考えているのだろう。
 とりあえず、私はそれを待つことにする。イルフェアお姉様は、どのような答えを出してくれるのだろうか。
「……誰でも、同じようなことで悩むものなのね」
「え?」

 イルフェアお姉様は、私に対してそんなことを言ってきた。
 誰でも同じようなことで悩む。それは、一体どういうことなのだろうか。

「以前、私があなたを呼び出して……私のことをどう思っているかを聞いたことを覚えている?」
「え? ええ、覚えていますよ」

 イルフェアお姉様が言ってきたことは、よく覚えている。前に呼び出されて、私はそんなことを聞かれたのだ。
 その時の質問の意図を、私は未だに完全にはわかっていない。ただ、あの時は彼女が私との関係を気にしているのだとぼんやりと思い、抱きしめたのである。

「多分、その時の私の悩みとルネリアの悩みというのは、同じようなものだと思うの」
「そうなんですか?」
「ええ……なんというのかしら? まあ、サガード様とのこともそうだけど、人と人の関係というものは、難しいものね……」

 イルフェアお姉様は、しみじみとそう呟いていた。
 確かに、彼女の言う通りだ。思い返してみれば、私はずっと人間関係のことで、悩んでいるような気がする。

「そうね……ルネリアは、オルティナのことが好き?」
「え? はい、それは、好きです……大好きです」
「それは、お姉さんだからという訳ではないでしょう?」
「それは……」

 イルフェアお姉様の言葉に、私は言葉を詰まらせた。それは、彼女の意図が見えてきたからだ。
 私は、オルティナお姉様のことが好きである。それは、彼女が姉であるからという訳ではない。私は、彼女の人となりが好きなのだ。

「オルティナだって、それは同じよ。あなたが妹であるからという理由で、あんなに好いている訳ではないの。あなたが、あなたという人間であるから、彼女はあなたを好いているの……あなたが、ルネリアだから、オルティナはあんな感じなのよ」
「そうなんですね……」
「……それはきっと、オルティナだけではないのよね。私だって、他の兄弟だって、お母様だってそうだわ。あなたの性格や仕草、その全てがあるからあなたが好きなの。いい所も悪い所も知っていて、それでも愛おしいと思うの」
「……そうですよね」

 私は、イルフェアお姉様の言葉にゆっくりと頷いた。
 確かに、彼女の言う通りである。オルティナお姉様だって、私がただ妹だから好いている訳がないのだ。
 それに、私は笑みを浮かべてしまう。今まで心の中にあったもやもやは、もう晴れている。

「ありがとうございます、イルフェアお姉様。おかげで、心の中のもやもやが晴れました」
「力になれたなら、何よりよ」
「……あの、私、イルフェアお姉様のこと大好きです。お姉様だからじゃなくて、イルフェアお姉様だから……」
「……ありがとう。私も、あなたがあなただから大好きよ、ルネリア」

 私達は、そのように言葉を交わした。
 こうして、私の悩みは解決するのだった。
 イルフェアお姉様の部屋を後にしてから、私は廊下を歩いていた。すると、前方からアルーグお兄様とウルスドお兄様がこちらに歩いてきているのを発見する。
 別に、二人が一緒に歩いていることは何もおかしいことではない。ただ、私は二人が持っているものが少し気になった。二人は、剣を携帯しているのだ。

「アルーグお兄様、ウルスドお兄様、こんにちは」
「おっと……ルネリアか」

 私が声をかけると、ウルスドお兄様が驚いたような声をあげた。どうやら、私が来ていたことに気づいていなかったようだ。
 それは、おかしな話である。私が二人を認識していたのだから、二人も私のことは目に入っていたはずだ。

「ウルスドお兄様、どうかされたんですか?」
「いや、別に、どうかしたという訳ではないんだが……」
「ウルスド、お前は誤魔化せる程器用ではないようだな……」
「あ、兄上?」
「見ての通り、こいつは今緊張しているのだ」
「緊張? まあ、確かにそんな感じですね……」

 私の疑問に答えてくれたのは、アルーグお兄様だった。
 緊張している。それは一体、どういうことなのだろうか。

「どういうことか、聞いてもいいですか?」
「……今から、剣術の稽古なんだよ」
「剣術の稽古……ああ、だから、二人とも剣を持っているんですね」
「ああ、まあ、これは稽古用のものなんだが……」

 ウルスドお兄様の答えに、私は二人が剣を持っている理由を理解した。
 剣術の稽古なのだから、それを持っているのは当たり前だ。
 その剣術の稽古に、ウルスドお兄様は緊張している。そういうことなのだろう。

「剣術ですか……確かに、それは怖いかもしれませんね」
「いや、その……別に俺も剣術の全般が苦手という訳ではないんだが」
「そうなんですか?」
「えっと……言いにくいんだが、兄上の稽古は厳しいんだ」
「ああ、なるほど……」

 私の疑問に対して、ウルスドお兄様は少し気まずそうにしながら答えてくれた。
 アルーグお兄様の稽古が厳しいというのは、なんとなく理解できる。基本的に、彼は自分にも他人にも厳しい人だからだ。
 特に、アルーグお兄様はウルスドお兄様には厳しい。それは恐らく、弟として期待しているからなのだとは思うが、ウルスドお兄様からすればそれはたまったものではないのだろう。

「……もしよかったら、稽古を見学してもいいですか?」
「え? 見学?」
「はい、少し興味があるんです」

 そこで私は、そのようなことを頼むことにした。
 その理由は色々ある。言葉通り単純に興味があったこともそうだが、ウルスドお兄様を応援できると思ったのだ。

「まあ、別に俺は構わないが……兄上、いいよな?」
「ああ」
「ありがとうございます」

 私の頼みを、二人は受け入れてくれた。
 こうして、私はアルーグお兄様とウルスドお兄様の稽古を見学することにしたのだった。
 私は、アルーグお兄様とウルスドお兄様の剣術の稽古を見学することにした。
 二人は、いつも裏庭で稽古を行っているらしい。人目のないこの場所は、二人にとっては都合がいい場所だそうだ。

「踏み込みが甘い!」
「うわあっ!」

 アルーグお兄様の指導は、本当に厳しかった。ウルスドお兄様の攻撃を軽く受け流し、容赦なく反撃しているのだ。
 それに対して、ウルスドお兄様は膝をつく。どうやら、その一撃がかなり効いているようだ。

「……どうした? その程度か?」
「くっ……」

 アルーグお兄様は、そんな彼に対して剣を向けた。
 あれは訓練用の剣であるらしい。だが、それでも叩かれたら相当痛いだろう。あれで痛めつけられるのは、勘弁してもらいたいものだ。
 恐らく、ウルスドお兄様だってそう思っているだろう。だからこそ、中々立ち上がれないのではないだろうか。

「ウルスドお兄様、頑張ってください!」
「ルネリア……」

 私は、そんなウルスドお兄様を応援した。
 私の応援にどこまで効果があるかはわからない。それでも、この声が彼を奮い立たせてくれると信じて声を出すことしか、私にできることはないのだ。

「……妹の前で、みっともない所は見せられないだろう?」
「ああ……」

 ウルスドお兄様は、立ち上がってくれた。
 その目は、今までとは違う。何か決意のようなものが宿っている。

「うおおっ!」
「ほう……」

 ウルスドお兄様は、再びアルーグお兄様に向かって行った。
 だが、その剣は呆気なく受け止められる。やはり、技量に関してはかなりの差があるようだ。

「……いい気迫だ。その意気で来い」
「……もちろん、そのつもりだ」

 二人の剣が、激しく交じり合う。それは、私の目では追いきれない動きだ。

「おらあっ!」
「ふんっ……」

 ウルスドお兄様の必死の攻撃を、アルーグお兄様は全て受け止めている。それがわかって、私はあることに気がついた。
 それは先程から、アルーグお兄様が攻撃していないことだ。彼は防御に徹している。それはまるで、何かを待っているかのようだ。

「くっ……!」
「ここまでか?」
「うわああっ!」

 ウルスドお兄様の攻撃が緩まった刹那、アルーグお兄様の攻撃が始まった。
 その一撃を受け止めきれず、ウルスドお兄様は膝をついてしまう。かなり気迫に溢れていたが、結局彼の攻撃は届かなかったのである。
 そんなウルスドお兄様に、アルーグお兄様は剣の切っ先を向けた。だが、その表情は先程と比べて明るい。どうやら、今回の攻撃は彼にとってある程度評価できることだったようだ。
「先程の気迫は、中々のものだったぞ」
「……それでも、兄上には遠く及ばないようだな?」
「あまり舐めてもらっては困る」
「そうだよな……」

 アルーグお兄様は、剣を鞘に収めてウルスドお兄様に手を伸ばした。
 その手をゆっくりと取りながら、ウルスドお兄様は立ち上がる。その顔は、悔しそうだが晴れやかだ。

「ルネリア、ありがとうな。お前の声援のおかげで、なんとか自分を奮い立たせられたぜ」
「そうですか? それなら、良かったです」

 そんなウルスドお兄様は、私に声をかけてくれた。
 どうやら、私の声援には効果があったようだ。それなら、何よりである。

「まあ、俺も流石に妹の前でみっともない姿は見せられないからな……」
「ふん、その心意気を普段から見せられれば、もっと良かったのだがな……」
「うっ……」

 ウルスドお兄様の言葉に、アルーグお兄様は笑みを浮かべながら、そんなことを言った。
 確かに、先程のような気迫を普段から見せることができていれば、もっと良かったのは事実である。
 だが、誰かの声援というものが力になるというのも、また事実であるだろう。
 ウルスドお兄様は、そういう声援を力に変えられる人なのだ。それでやる気を出せるのだから、私は充分すごいと思う。

「……失礼してもいいかな?」
「え?」
「うん?」
「むっ……」

 そんなことを考えていると、声が聞こえてきた。
 それは、エルーズお兄様の声である。そう思って声が聞こえてきた方向を向くと、確かに彼がいた。

「エルーズお兄様? どうかされたのですか?」
「皆が裏庭に行くのを見て、どうしたのかと思って……」
「ああ、そういうことか……実はさ、兄上に剣の稽古をつけてもらっていたんだ」
「私は、その見学です」
「そうだったんだ……」

 どうやら、エルーズお兄様は私達が裏庭に行くのを見ていたようだ。
 それで気になって、見に来たということだろう。それなら、大体私と同じである。

「よかったら、お前も見学していくか?」
「え? いいの?」
「ああ、ウルスド、構わないな?」
「ま、まあ、別にいいが……なんというか、益々みっともない所が見せられなくなったな」
「それなら、僕も見学させてもらおうかな……」

 エルーズお兄様も、この稽古を見学するようだ。
 それに、ウルスドお兄様はプレッシャーを感じている。だが、そのプレッシャーをきっと彼は力に変えてくれるだろう。

「ふっ……みっともない所を見せられないのは、俺も同じなんだがな」
「兄上? そうなのか?」
「さてな……」

 そんなウルスドお兄様に、アルーグお兄様はそんな言葉を呟いた。
 どうやら、彼も私達の目があることによって多少は緊張しているようだ。
 それをまったく見せないのは、流石アルーグお兄様といった所だろうか。
 私は、エルーズお兄様と一緒にアルーグお兄様とウルスドお兄様の剣の稽古を見学していた。
 私達が見ているからか、ウルスドお兄様はかなりやる気を出していた。アルーグお兄様が嬉しそうな笑みを浮かべているため、恐らくいつもよりも稽古に積極的なのだろう。
 そんな風な二人に時々声援を送りながら、私達は稽古を見ていた。二人の華麗な剣技を見て、歓声をあげたりしながら、私達はこの時間を楽しんでいる。

「すごいな、お兄様達は……」
「そうですね……」
「僕も……あんな風になりたかったな」
「え?」

 そこで、エルーズお兄様が私にそんなことを呟いてきた。
 それは、とても悲痛な言葉である。あんな風になりたかった。その過去形の言葉は、自分がそうはなれないということを表しているからだ。

「エルーズお兄様、それは……」
「あ、ごめんね。別に気にしないで」
「そんな……」

 エルーズお兄様に、私は何も言えなくなってしまった。
 気にしないなんてことはできない。その言葉を放ったエルーズお兄様の心情を考えないなんて、できる訳がない。
 ただ、その言葉に対して何を言えばいいかが、私にはわからなかった。言葉が、まったく見つからないのだ。

「……エルーズ、少しいいか?」
「ア、アルーグお兄様? どうかしたの?」

 そこで、アルーグお兄様がゆっくりとこちらに歩いて来た。
 その後方には、膝をついたウルスドお兄様がいる。どうやら、少し目を離した隙に、決着がついていたようだ。
 ただ、こちらに来たのはそれが理由だからではないだろう。きっと、エルーズお兄様のあの言葉があったからだ。

「エルーズよ、お前のその体のことは、当然俺もわかっている。そんなお前に対して、俺は安易に希望的な観測を言おうとは思わない。だが、お前が自らを卑下しているというなら、それは止めなければならないことだ」
「卑下……?」

 アルーグお兄様は、少し厳しい表情をしていた。それは、ウルスドお兄様を指導していた時と同じような表情だ。
 エルーズお兄様が、自分を卑下している。それは、確かにそうかもしれない。先程の言葉には、そんな感情が宿っていたような気がする。
 そのことが気になって、アルーグお兄様はこちらに来たようだ。その言葉が単純な憧れであったならば、彼も特に気にしなかったのだろう。
 アルーグお兄様は、誇り高き人だ。だからこそ、そういった感情を見逃すことはできないのかもしれない。