公爵家の隠し子だと判明した私は、いびられる所か溺愛されています。

 色々と話した後、ケリーと村長は帰ることになった。
 私の村から、ラーデイン公爵家の屋敷まではそれなりに距離がある。村を長いこと開けることもできないため、それ程ゆっくりできる訳ではないのだ。

「ルネリア、それじゃあね。元気でね……」
「うん。ケリーも元気でね」

 私は、ゆっくりとケリーと抱き合った。
 彼女との別れは悲しい。だが、今生の別れという訳ではない。またいつか必ず会える。そう思いながら、私はその日までの思いを込めて彼女の体を抱きしめる。

「……」

 そこで、私はそんな私達をなんともいえない目で見つめているサガードの存在に気がついた。
 彼は、一体どうしたのだろうか。そういえば、ケリーと再会して抱き合った時も、彼はひどく混乱していたような気がする。

「あ、そっか……サガードは、あの時ケリーのことを男の子だと思っていたんだね」
「うん? ああ、来た時の話?」
「うん。だから、あんな反応をしていたんだよね?」
「多分、そうなんじゃないかな?」

 私の言葉に、ケリーは同意してくれた。
 確かに、私が急に男の子に抱き着いたら、それは驚くかもしれない。
 あの時は思わず抱き着いてしまったが、女の子と抱き着くのも、貴族では行儀が悪いとされるだろう。その相手が男の子だった場合、もっと大変なことだ。
 だから、サガードが驚いていた。それは理解できる。ただ、今はどういう意図で、あんな表情をしているのだろうか。

「……ルネリアは、サガード様のことをどう思っているの?」
「どう思っている?」
「同年代の男の子な訳だし、色々と考えたりしないの?」
「え? それは……」

 ケリーの質問に、私は言葉を詰まらせてしまった。
 サガードのことをどう思っているか。それは、非常に難しい質問であったからだ。
 彼のことは、大切な友達だと思っている。ただ、一緒に過ごしていく内に、私の中にはそれ以上の感情があるのかもしれない。
 しかし、それを私はあまり考えていなかった。サガードもそういうことは考えていないだろうし、あまり気にしない方がいいと思っていたのだ。

「えっと……」
「そっか……ちゃんと意識はしているんだね?」
「え?」
「それならいいんじゃないかな? ふふっ……」

 私が悩んでいると、ケリーはそんなことを言ってきた。
 その言葉の意味が、わからない。彼女は、どうして笑っているのだろうか。

「ルネリア、これから色々と大変かもしれないけど、頑張ってね」
「う、うん……」

 ケリーはそう言って、私から体を離していった。
 彼女は、一体何を言っているのだろうか。それについて少し悩みながらも、私はケリーと村長を見送るのだった。
 私は、キルクス様と話していた。
 今日は、色々な予定が重なった日である。キルクス様だけではなく、ルネリアが住んでいた村の村長さんと彼女の友達も訪ねて来ているのだ。
 そして、さらにこのラーデイン公爵家を訪ねて来た人物がいた。それは、キルクス様の弟のサガード様だ。

「それにしても、サガード様は本当に家によく来ていますね……」
「あいつのことか……それに関しては、本当にすまないと思っている。俺も、一応注意はしているのだが」

 私がそのことについて話を振ってみると、キルクス様は苦い顔をした。
 サガード様の振る舞いは、少々奔放である。それが、彼にとってはあまり快くないのだろう。

「でも、私は微笑ましいと思いますよ。だって、好きな女の子に会いに来ているという訳ですし……」
「ふむ……」

 私の言葉に、キルクス様は一度目を閉じた。それは、何かを考えているという様子である。
 サガード様がルネリアのことが好きだということは、二人の様子を見た人なら誰でもわかることだ。当然、キルクス様もそれはわかっているだろう。
 それは、別に悪いことではない。誰が誰を好きになったとしても、それは自由なことである。
 だが、問題がないという訳ではない。二人が結ばれるには、少々困ったことがあるのだ。

「……キルクス様はどう思っていますか? 二人のことに関して……」
「難しい問題だと思っている。ルネリアがサガードの思いを受け入れるかどうかはわからないが、もし仮に受け入れたとしても、二人が無事に結ばれるには障害がある」
「障害、ですか……」

 私の質問に、キルクス様はそんなことを言ってきた。
 やはり、二人が結ばれるには大きな問題があるだろう。王族と貴族、その地位が二人の恋愛に問題を生じさせてしまうのだ。

「そして、その問題とは俺達が関係している。俺とお前が婚約しているという現状は、二人にとって……少なくともサガードにとっては、悪い状況だろうな」
「そうですよね……」

 二人は、王族と公爵令嬢である。身分としては、婚約してもまったく問題はない。そういう面では、一つ障害がないといえるだろう。
 だが、問題は既にラーデイン公爵家と王家の間で婚約関係があるということだ。私とキルクス様が婚約している状態で、二人が婚約できるかどうかは微妙な所である。

「父上は寛大な方だ。ある程度の融通は利かせてくれる方だと俺は思っている。だが、今回の件に関しては、すぐに首を縦に振ることはできないだろう」
「王族としては、できるだけ偏りをなくしたいということでしょうか?」
「ああ、他の貴族からの反感を買うことになるはずだからな……」

 王族の兄弟が、同じ公爵家の娘を嫁にするというのは、他の貴族からすれば嫌なことだろう。
 国王様も、無闇に反感を買うのは避けたいはずだ。そう考えると、二人の婚約は難しいものということになる。
 私は、少し落ち込んでしまう。二人が結ばれるのに障害がある。その障害に、私達が絡んでいる。その事実に、なんだか悲しくなってしまったのだ。
「……サガードには悪いが」

 私が落ち込んでいると、キルクス様がそう切り出してきた。
 その表情には、少しだけ陰りがある。私は、とりあえず彼の言葉を待つ。

「俺はお前を手放したくないと思っている」
「キルクス様、それは……」
「弟や妹のために俺達が身を引く。そのようなことはしたくない。俺は、お前以上の婚約者は……妻は、いないと思っているからだ」

 キルクス様は、私の目を真っ直ぐに見てそう言ってきた。
 その言葉は、とても嬉しい言葉である。思わず笑顔になってしまう程には。
 サガード様には、本当に悪いのだが、私も彼とは別れたくはない。この婚約は、解消したくないのだ。

「ありがとうございます……嬉しいです。私も、キルクス様とは、別れたくないと思っています」
「そうか……」

 私は、キルクス様にお礼とともに素直な気持ちを伝えておいた。
 彼は、少しだけ照れているような気がする。それは、珍しい表情だ。そういう表情が見られるということにも、私は嬉しくなってしまう。

「……もちろん、あいつが俺に協力して欲しいと言ってきたなら、協力を惜しむつもりはない。最大限協力するつもりだ」
「……つまり、私達も二人も幸せになれる道を目指すということですね」
「ああ、そういうことになるな」

 私達の婚約を維持しつつ、二人も結ばれる。それが、一番いい結末だろう。
 それを成し遂げるのは、難しいことかもしれない。しかし、それでも実現を目指すべきだ。何もしていないのに、諦めるべきではない。

「……もっとも、そもそもルネリアがあいつの思いを受け入れるかどうかは、わからないのだが……」
「あ、そういえば、そうですね……」

 キルクス様の言葉で、私は気付いた。
 よく考えてみれば、二人が結ばれるかどうかは、まだわからないことだったのである。
 恐らく、今はまだサガード様の片思いだ。その思いが実るかどうかは、ルネリア次第である。

「実際の所、ルネリアはどうなのだ?」
「えっと……多分、悪い印象を抱いているという訳ではないとは思います。ただ、異性として好意を抱いているどうかは、微妙といいますが……」
「いい友達といった所か……」
「まあ、そうですね……」

 ルネリアは、今の所サガード様を異性として見ていないだろう。友達としか、思っていないはずである。
 少なくとも、私は彼女からそういう話を聞いたことはない。だが、サガード様のことを話す時は楽しそうにしているので、脈がない訳ではないだろう。

「……ふむ、まあ、しばらくは成り行きを見守るとするか」
「ええ、そういうことになりそうですね……」

 結局、私達の婚約と二人の婚約の問題と直面するのは、まだ先になりそうだ。
 もしかしたら、そうなると時には私とキルクス様は既に結婚しているかもしれない。そんなことを思いながら、私は苦笑いするのだった。
 キルクス様が帰った後、私は自室にウルスドとエルーズを呼び出していた。彼らと話したいことがあったからである。

「それで、どうして俺達を呼び出したんだよ」
「実はね……ルネリアのことで、話したいことがあるの」
「ルネリアのこと? なんだよ?」

 ウルスドは、私にどうして呼び出されたのか、まったくわかっていないようだ。
 一方で、エルーズはある程度理解しているのか、納得したような顔をしている。
 こういう時、エルーズはとても鋭い。彼のそういう所は、ルネリアとよく似ているかもしれない。

「ルネリアとサガード様のことなんだけど……」
「サガード様……それがどうかしたのか?」

 私が核心に迫ることを言っても、ウルスドはきょとんとしていた。どうやら、彼は事態をまったく理解していないようである。
 ここで、私は人選を間違えたことを悟った。よく考えてみれば、ウルスドも大概鈍いのである。

「姉上、なんでそんな目をするんだ?」
「ウルスド、あなたも大概鈍いわよね……これなら、まだお兄様の方が良かったかしら?」
「おい、なんか俺も兄上も馬鹿にしていないか?」

 基本的に、アルーグお兄様は鈍い。しかも、普段から忙しくしている人なので、今回は呼ばなかったのだ。
 ただ、事情を説明して頼りになる人ではある。ウルスドより彼を呼んだ方が、良かったかもしれない。

「要するに、お姉様はサガード様がルネリアに好意を寄せているということに関して、話したい訳だね?」
「ええ、そうなのよ」
「何?」

 エルーズの言葉に、ウルスドは驚いていた。驚いているということは、彼はサガード様の好意を理解していなかったようだ。
 そのことに、私は驚いていた。あれだけ露骨なのに、気づかないものなのだろうか。それなら、どうしてサガード様がこのラーデイン公爵家に来ると思っていたのだろうか。

「僕も、今日実際に見るまではわからなかったけど、サガード様はルネリアのことが好きみたいだよ」
「そうなのか……」

 どうやら、エルーズも今日その事実を知ったようだ。
 私は、少し頭を抱えてしまう。家の男連中は、どうしてこんなにも鈍いのだろうか。

「ま、まあ、そうなのよ。それで、二人に色々と聞きたいのだけれど……」
「そういうことか……まあ、それなら了解だ」
「僕達が力になれるかはわからないけど、できる限りのことはするよ」
「ええ、ありがとう……」

 二人は、私と話してくれる気になった。鈍い部分はあるが、家の男兄弟は皆優しいのだ。
 それに、私は思わず笑顔になってしまう。本当に、私はいい兄弟に囲まれたものである。
「だけど、サガード様がルネリアのことが好きだったとして、姉上は何が言いたいんだ?」
「あのね、ルネリアが彼のことをどう思っているのか、聞いておきたくて」
「ああ、そっちか」

 私が二人に聞いてみたかったのは、ルネリアがサガード様のことをどう思っているのかということだ。
 サガード様はわかりやすいのだが、彼女の方はよくわからない。その部分について、二人と話し合ってみたいのだ。
 だが、二人がサガード様の好意に気づいていなかったということは、それはあまりわからないのかもしれない。
 しかし、ルネリアもサガード様の話はしていたので、それを二人がどのように感じたかは聞けるだろう。そこから、何かわかる可能性はある。

「ルネリアがサガード様に好意を寄せているか、か……まあ、少なくとも、悪印象は抱いていないんじゃないか?」
「そうよね……それは、私もそう思うわ」
「恋愛的な好意を抱いているかどうかは、難しい所だな……そうも思えなくはないが、単に友達とも思えるし……」

 ウルスドは、大方私と同じくらいの認識のようだ。
 ルネリアは、サガード様と比べてわかりやすい様子はない。それがないということは、好意を抱いていないとも考えられる。
 だが、ルネリアは彼のことを語る時は楽しそうだ。友達として話しているとも考えられるが、好意を抱いているからそうなのだと考えられない訳ではない。

「エルーズはどう思う?」
「……僕は、ルネリアも少なからずサガード様に好意を寄せていると思うよ」
「え?」
「あら……」

 そんな中、エルーズはそのようなことを言ってきた。
 どうやら、彼は私達とは違い、確信的なものを持っているようだ。

「それも今日わかったことなんだけど、ルネリアが友達とケリーと別れる時の会話から、どうもそのように思えるんだ」
「そうなの?」
「うん、ケリーからサガード様に好意を抱いているかを聞かれて、ルネリアは怯んでいたんだ。少し怪しい態度だったよ」
「そうなのね……」

 エルーズの言葉に、私は思わず笑みを浮かべてしまった。
 エルーズは、鋭い部分がある。そのため、彼の認識は当てになるだろう。
 ということは、ルネリアはサガード様に好意を抱いている可能性が高いということだ。それは、中々楽しそうな状況である。

「なるほど、ありがとう。それはいい情報だわ」
「姉上、なんでそんなに楽しそうなんだよ……」

 エルーズのおかげで、良い情報が得られた。
 これは、これから色々と動いていくかもしれない。そう思い、私はまたも思わず笑みを浮かべてしまうのだった。
 私は、自室にルネリアを呼び出していた。彼女から、聞きたいことがあったからである。

「お姉様、ルネリアに聞きたいことって、何なの?」

 自室には、ルネリアの他にオルティナがいた。ルネリアを呼び出しに行く時に、偶々廊下で会って、事情を話したら自分も同席したいと言ってきたのである。
 別に隠すようなことではないので、私はオルティナも部屋に招いた。結果的に、姉妹勢揃いとなったのだ。

「実は、ルネリアとサガード様のことについて、少し質問したいのよ」
「え?」
「サガード様? 最近、よく家に来ている王子様だよね? その人が、どうかしたの?」

 私の言葉に、ルネリアは驚いていた。
 その反応で、私は理解する。やはり、彼に何かしらの思いは、あるということだろう。
 一方で、オルティナはきょっとんとしている。サガード様の思いに、彼女は気付いていないようだ。
 なんというか、もしかしたら私達家族は男とか女とか関係なく、皆鈍いのかもしれない。オルティナの反応に、私はそう思うのだった。

「……ルネリアにとって、サガード様は同年代の仲が良い人よね。実際の所、彼に対してどう思っているか、聞いておきたいの」
「どう思っているか、ですか?」
「ええ……こういうことは、あまり言いたくはないけれど、私達は貴族なの。だから、そういう所はきちんとしておかなければならないわ。という訳で、ルネリアに聞いてみたいの」

 私は、ルネリアにそのように切り出した。
 彼女は、その質問に対して黙ってしまう。その微妙な表情は、まだあまりよくわかっていないといった所だろうか。
 エルーズの話を聞いて、早めに動いた方がいいと思ったが、もしかしたら失敗だったかもしれない。
 ルネリアが、自分の気持ちを自覚していない可能性もある。手を打つなら早い方がいいと思っていたが、私の方の気持ちが先走り過ぎていたかもしれない。

「あの……せっかくですから、お姉様に聞いてみたいんですけど、お姉様はキルクス様のことが好きですか?」
「……え?」

 そこで、ルネリアから質問が飛んできた。
 それが思ってもいなかった質問であったため、私は思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。

「私……サガードのことをどう思っているか、自分でもよくわからないんです。だから、お姉様に聞いてみたいんです。もしもお姉様がキルクス様のことが好きなら、それはどういう感情なのかということを……」
「え、えっと……」

 ルネリアは、恐る恐るという感じで私にそう説明してきた。
 その説明で、私は理解する。彼女が、どういう意図であるかということを。
 要するに、彼女は好意というものがどういうものかを知りたいのだろう。自分の今抱いている思いが好意なのかどうかわからないため、それを確かめたいのだ。
 そんなことを聞く時点で、それはもう好意を抱いているということなのではないだろうか。そう思いながらも、私はルネリアの質問にどう答えるべきかを考えるのだった。
「……前提として、私はキルクス様のことが好きよ」
「そうなんですね……」

 とりあえず、私は前提を話すことにした。
 私は、キルクス様のことが好き。それを言葉にするのは、意外にも恥ずかしいことだった。
 それは、今までも心の中では思っていたことだ。だが、考えてみれば、こうやって言葉にする機会というものは少なかったように思える。
 そう考えると、ルネリアの悩みも少し理解できてきた。確かに、好意というものは難しいものかもしれない。

「彼のことが好き……えっと、そうね。例えば、ルネリアはサガード様に抱きしめられたいと思うかしら?」
「え?」
「……私は、キルクス様に抱きしめられたいと、そう思うのだけれど、ルネリアはどうなのかしら?」

 私は、まずそんな質問をしてみることにした。
 質問をしながら、私は自分の体が熱を帯びていることを自覚していた。
 妹達の前で、私は何を言っているのだろうか。口にしてから、自分の言っていることがどんどんと恥ずかしくなってきたのだ。

「そうね……言い方を変えましょうか。ルネリアは、サガード様に抱きしめられても大丈夫だと思う? 嫌だと思ったりしない?」
「それは……しないと思います」
「そう、そうなのね……」

 ルネリアが悩んでいたので、私は少し質問の仕方を変えてみた。
 どうやら、彼女はサガード様に抱きしめられても問題ないらしい。その答えだけでも、好意を抱いているといえなくはないだろう。
 だが、まだぎりぎり親しい友人の範疇という可能性もある。抱きしめてもらいたいならともかく、嫌ではないというだけなら、確証とはいえないだろう。

「私は、キルクス様の傍にいると安心するというか……なんていえばいいかはわからないけれど、心地いいと思えるのよね。ルネリアは、サガード様といてそんな気分になったりしない?」
「えっと……サガードといて、楽しいとは思います」
「楽しい、か……そうね。まあ、私もキルクス様といて楽しいとは思っているけれど……」

 私は、ルネリアに新たに質問してみた。
 だが、これはあまり有効な質問ではなかったような気がする。
 一緒にいて楽しい。それは、友人でも恋人でもそういえるだろう。
 正確には差があるはずだが、それは言葉にすると同じことだ。その差異を口にできる程、ルネリアはまだ自分の気持ちがわかっていないのだから、答えは出ないだろう。

「……中々、難しいものね?」
「そ、そうですね……」

 私とルネリアは、悩んでいた。
 好意を持っているかどうか。その結論を出すというのは、結構難しいようだ。
 何か明確なものはないか。私は、それを考えるのだった。
「ねえ、あんまりよくわからないんだけど……ルネリアは、あのサガード様という王子様のことが好きなの?」

 私達が悩んでいると、オルティナがそんなことを言ってきた。
 彼女は、未だに状況を掴めていないようだ。今は、彼女が疑問に思っていることを確かめようとしている所なのだが、それはまったくわかっていないらしい。

「あのね、オルティナ。今はルネリアが、サガード様のことが好きかどうかを確かめようとしているの。ルネリア自身も、まだ自分の気持ちがわからないのよ」
「……そうなんだ。それじゃあ、簡単だね」
「簡単?」

 私の説明に対して、オルティナはそのように言ってきた。
 簡単、まさかそんなことを言われるとは思っていなかった。私達が悩んでも出なかった答えは、彼女が出してくれそうだ。

「ルネリアは、サガード様のことが好きじゃないよ」
「え?」
「え?」

 オルティナの言葉に、私とルネリアは驚いていた。
 どうやら、彼女の考えは、私とはまったく異なるものであるようだ。

「どうして、そう思うのかしら?」
「……だって、なんか嫌だもん」
「嫌?」
「ルネリアを取られたくない」
「な、なるほど……」

 オルティナの主張は、とても単純だった。サガード様にルネリアを取られたくないから嫌いでいい。そういう考えのようだ。
 それは、オルティナらしいといえば、それまでのことである。ただ、それではルネリアの心は解決することはできない。

「ルネリアは、私のものだもん。サガード王子になんて、渡したくない」
「オ、オルティナお姉様……」

 オルティナは、ルネリアに抱き着いていた。その様子は微笑ましい。しかし、時々これで大丈夫なのだろうかと思うこともある。
 ルネリアだけではなく、オルティナだっていつかは婚約しなければならない。それを彼女は、果たしてわかっているのだろうか。

「ま、まあ、ルネリアもまだよくわからないということよね。その……多分、いつかこれだって、というものがあると思うから、その時を待ってみるのもいいかもしれないわね」
「そ、そうですか?」
「ええ……その時が来なかったら、違うということになるともいえる訳だし」
「わ、わかりました」

 私は、とりあえずそのように話をまとめておいた。
 恐らく、ルネリアはサガード様に好意を抱いていると思う。ただ、それをまだ本人はわかっていない。それを私が言うのは、違うだろう。
 という訳で、こういう形で落としておくことにした。きっと、ルネリアもいつか自分で気付くはずだ。そのように思ったのである。
 私は、ゆっくりと目を覚ました。どうやら、朝が来たようである。
 私は、ふと横を確認した。すると、そこにはオルティナお姉様がいる。
 彼女は、最近よく私と一緒に寝ている。最初に一緒に寝た時から、頻繁に私の部屋に来るようになったのだ。

「オルティナお姉様は、本当に……」

 オルティナお姉様は、私のことを好いてくれている。それは、ありがたいことだ。
 その明るさに、私は救われた。お母さんが亡くなった後、落ち込んでいた私を元気にしてくれたのは彼女だ。
 もちろん、他の家族の助けもあった。ただ、最初に私に手を差し伸べてくれたのは、彼女なのである。

「でも……」

 しかし、時々思うことがあるのだ。彼女は、どうして私をここまで好いてくれるのだろうかと。
 思えば、それは不思議なことである。私と彼女には、血の繋がりはあるが、この公爵家に来るまで関りはなかった。
 それなのに、彼女は最初から私に積極的に話しかけてきた。それは、どういうことなのだろうか。
 また、その後、私をこんなにも好いてくれているのは、何故なのだろう。そんな風な疑問を時々私は抱くことがあるのだ。

「……」

 そして、時々思うのである。彼女は、本当に私を好いてくれているのだろうかと。



◇◇◇



「私ね、妹が欲しかったんだ」
「そうなんですか?」

 いつだったか、私はオルティナお姉様からそんなことを言われた。
 妹が欲しかった。その言葉を聞いた時には、特に何も思っていなかったような気がする。
 一人っ子だった私も、その気持ちは少しだけわかったからだ。兄弟というものに憧れがあるのと同じように末っ子のお姉様は、下の子が欲しかったのだろう。そのように考えていた気がする。

「まあ、弟でも良かったんだけど……とにかく、お姉様になりたかったんだ」
「お姉様になりたかった……」
「なんていうのかな……うーん、よくわからないけど、私は一番下だったからだと思うんだ。ルネリアも、そう思ったりする?」
「そうですね……私も、妹や弟が欲しいと思ったことはあります」
「やっぱり、そういうものなのかな?」

 ただ、お姉様になりたかったというオルティナお姉様の言葉に、私の中には疑問が生まれたのだ。
 もしかしたら、オルティナお姉様は妹というものを好いているのではないかと。
 それが、あまり良くない考えだということはわかっている。だけど、オルティナお姉様が見ているのは妹という概念そのものなのではないかとそう思ってしまうのだ。
 そのことは、普段考えないようにしている。くだらないことだと、自分でもわかっているからだ。