私は、ケリーとサガードと客室で話していた。
初めは驚いていたケリーも、私の友達ということで、快くこの会合を受け入れてくれた。という訳で、三人で話しているのだ。
「……それで、お前達はどういう関係なんだ?」
「どういう関係ですか?」
「ああ……俺はお前とルネリアがどういう関係なのか、気になるんだよ」
「なるほど……」
サガードは、私とケリーの関係性を気にしているらしい。
彼にとって、ケリーはいきなり現れた私の友達である。そのため、そういう過去の話というのが気になっているのかもしれない。
「そうですね……まあ、兄弟みたいな関係でしょうか?」
「きょ、兄弟?」
「ええ、ルネリアは僕にとって妹のような存在でしょうか」
「そ、そうなのか……」
ケリーの説明に、サガードは考えるような仕草をした。兄弟のような関係ということについて、何か悩んでいるようだ。
それにしても、ケリーはなんだかやけに楽しそうにしている。王子様と話せるということが嬉しいのだろうか。
「兄弟……それは、なんというか絶妙な感じだな……」
「絶妙?」
「あ、いや、なんでもない……」
サガードは、私達の関係をそのように評してきた。
それが、私にはよくわからない。一体、何が絶妙というのだろうか。
「つまり、お前達はそういう関係ではないということか?」
「そういう関係? それは、どういう関係でしょうか?」
「え? いや、その……」
サガードの質問に、ケリーは首を傾げていた。それは、私も同じである。そういう関係とは、どういう関係なのだろうか。
なんだか、先程からサガードの言っていることがよくわからない。なんというか、今日の彼の言葉はふわふわとしているのだ。
「な、なんでもない……」
「そうですか……」
サガードは、結局黙ってしまった。彼が何を質問していたのか、それは謎である。
「ああ、ルネリア、そういえばさ、ルネリアとサガード様はどんな感じで出会ったの?」
「え? サガードとの出会い? えっと、それね……お姉様の婚約者に会いに行った時、サガードが私のことを見ていて……」
「ルネリア、それは言わないでくれ」
「え? どうして?」
「恥ずかしいだろう……」
「そ、そうなの?」
ケリーの質問に答えようとしていた私を、サガードは止めてきた。
どうやら、この話は彼にとって恥ずかしいことであるようだ。確かに、友達が欲しくて私のことを見ていたなんて知られるのは、少し恥ずかしいことかもしれない。
「そうですか……まあ、それなら聞かないことにしますよ」
「あ、ああ、ありがとう……」
ただ、やはり今日のサガードは変である。一体、彼はどうしてしまったのだろうか。
僕は、少しふらふらしながら廊下を歩いていた。
今日は、ルネリアの村の村長さんやお姉様の婚約者が来る日だ。そのため、ラーデイン公爵家は大変な状態である。
大抵の場合、僕はそういう時に部屋に籠っていることが多い。迷惑にならないように、そうすることにしているのだ。
「ふう……」
ただ、今日は少しだけ部屋から出てきていた。なぜなら、少し気になることがあったからだ。
ことの発端は、ルネリアとの会話である。彼女からあることを聞いてから、僕はそれがとても気になっているのだ。
その会話とは、今日この公爵家に来ている人に関係している。僕は、一目だけでもその人に会ってみたいのだ。
「……あの、大丈夫ですか?」
「え?」
そんな僕に話しかけてくる人がいた。その人は、中性的な顔立ちの女の子だ。服装からして、恐らくは平民だろう。
僕は、少し驚いていた。まさか、廊下で探していた人と会うとは思っていなかったからである。
「なんだか、辛そうですけど……」
「あ、えっと、大丈夫だよ。心配してくれて、ありがとう」
動揺しながらも、私は彼女にそう言った。
別に、今日はそこまで体調が悪い訳ではない。そのため、まずは安心してもらいたかったのである。
「……君は、ルネリアの友達だよね?」
「え? あ、はい。そうです」
「僕は、ルネリアの兄のエルーズ。君の名前を教えてもらってもいいかな?」
「あ、ケリーです」
「ケリーか。よろしくね」
「よろしくお願いします」
僕は、姿勢を正してケリーに挨拶をした。
僕だってこのラーデイン公爵家の一員だ。客人に無礼があってはならない。
そう思って、少し気合を入れる。最近、僕はもっと頑張ると決めた。今回も、その頑張り所といえるだろう。
「実は僕、君に会いたかったんだ」
「え? 僕に?」
「うん、ルネリアから、君は僕に似ていると聞いてね。どんな人なのか、一目会っておきたかったんだ」
「そうなんですか……」
僕がケリーに会ってみたかったのは、そういう理由だった。
彼女が僕に似た雰囲気をしている。そうルネリアから聞いていたのだ。
そして、実際に会ってみてそれは間違っていないような気がする。確かに、僕と彼女はどこか似ているような感じがするのだ。
「……失礼かもしれませんが、確かに少し似ているかもしれませんね」
「君もそう思う?」
「ええ、不思議ですね……具体的に言葉で表せと言われたら、少し難しいような気はしますけど、僕達は似ているような気がします」
「やっぱり、そうだよね……」
ケリーも、僕と同じことを感じ取っていたようだ。
よくわからないが、僕達は似ている。何が似ているかは、わからないがそう思うのだ。
ルネリアに聞けば、それがわかるのだろうか。今度聞いてみるのも、いいかもしれない。
「……そういえば、ケリーはどうしてこんな所にいるの?」
「あ、えっと……」
「あれ? 僕、何か変なことを聞いたかな?」
「……いえ、そういう訳でありません」
そこで、僕はそもそもケリーがどうしてこんな所にいるかが気になった。
だが、それに対する彼女の反応は悪い。僕は、何か変なことを聞いてしまったようだ。
そして、すぐに気がついた。よく考えてみれば、単純な理由がある。それを女の子に聞くのは、あまり良くない気がする。
「ごめんね、女の子にそういうことは聞かない方が良かったよね……」
「え?」
「うん?」
僕の謝罪に、ケリーは驚いたような表情になった。
もしかして、僕はまた変なことを言ってしまったのだろうか。
しかし、今度はそれがどういうことかわからない。一体、僕は何を言ってしまったのだろうか。
「えっと……僕が女の子だって、わかるんですか?」
「え?」
「いえ、こんな格好ですし、男の子だと思うんじゃないかって……」
「こんな格好?」
ケリーの指摘に、僕は首を傾げることになった。
彼女を改めて見ても、女の子にしか思えない。確かに格好は男の子みたいかもしれないが、その程度は勘違いする要素ではないだろう。
「女の子にしか見えないよ」
「そ、そうですか……」
僕の言葉に、ケリーは少し困惑しているような気がした。
僕は、やはり何かを間違えたのだろうか。
こういう時、対人経験の無さが露呈してしまう。僕には、何を間違えたのかわからないのだ。
情けない姿を、ルネリアの友達に見せてしまっただろうか。これは、反省しなければならないかもしれない。
「あ、ケリー、こんな所にいたんだ。あれ? エルーズお兄様?」
「あ、ルネリア……」
僕がそんなことで悩んでいると、ルネリアがやって来た。恐らく、帰りが遅いケリーのことを心配して、やって来たのだろう。
「ごめんね、ルネリア。僕が、ケリーを引き止めてしまっていたんだ」
「あ、エルーズ様は悪くありません。僕が、色々と余計なことを考えてしまっていただけですから」
「……よくわかりませんけど、やっぱり二人は似ていますね」
「え? そうかな?」
ルネリアは、僕達を交互に見た後そのように言ってきた。
それに対して、僕とケリーは顔を見合わせる。改めて彼女の顔を見て見たくなってその方向を向いたのだが、その思考も同じだったらしい。
「ねえ、ルネリア。僕達は何が似ているのかな?」
「そうですね……雰囲気でしょうか?」
「雰囲気?」
「はい。二人とも、なんというか……少しミステリアスな感じがします。神秘的とでもいうんでしょうか……あまり言葉にできないんですけど、そんな感じです」
「そうなんだ……」
ルネリアの言葉に、僕は少し考える。
確かに、僕はルネリアにこの体のことを秘密にしていた訳だし、そういう意味ではミステリアスなのかもしれない。
ケリーも、どうやら性別を偽っているような感じがあるので、それには当てはまるのかもしれない。
そう考えると、ルネリアの言っていることは的を射ているような気がした。僕達は、そういう所が似ているようだ。
「あ、そうだ。せっかくですから、エルーズお兄様も一緒に話しませんか?」
「え? 僕も? いいの?」
「はい。ケリーも、いいよね?」
「う、うん。僕は構わないよ」
「多分、サガードも許してくれると思うので、大丈夫です」
ルネリアは、僕のことを誘ってくれた。
久し振りに会った友達同士の会合に加わるのは、どうなのだろうか。
そう思った僕は、あることに気づく。今、ルネリアはサガード様の名前を口にしなかっただろうか。
「サガード様? 彼が来ているの?」
「あ、はい。実は、そうなんです」
「どうして?」
「どうしてかは、まあ、色々とあったんです……」
「そ、そうなんだ……」
僕の質問に、ルネリアは少し困ったような表情をしていた。どうやら、色々と事情があるようだ。
サガード様がいるからといって、三人の会合に僕が参加していいかどうかは微妙な所である。友達の兄が友達同士の会話に馴染めるものなのだろうか。
「まあ、とりあえず行きましょう」
「え? あっ……」
僕が悩んでいると、ルネリアが手を引っ張って来た。そのまま、僕は少し強引に連れて行かれてしまう。
「サガード、戻ったよ」
「おっ……うん? その人は……」
「エルーズお兄様だよ」
「いや、それは知っているんだが、どうしたんだ?」
「廊下にいたから、捕まえてきたの」
「捕まえてきたって……」
客室に入ってきた僕に、サガード様は少し驚いていた。それはそうだろう。友達が急に兄を連れてきたら、誰だってそういう反応になるだろう。
「サガード、エルーズお兄様とも一緒に話すということでいいかな?」
「え? まあ、別に俺はそれで構わないけど……大丈夫なのか?」
「何が?」
「いや、お前の兄上はかなり困惑しているみたいだが……」
「え? あっ……」
サガード様は、僕のことを快く受け入れてくれた。どうやら、彼は器の大きい人であるようだ。
そんな彼を見ていると、自分が少し情けなくなってくる。僕の方が年上であるはずなのに、いつまでも困惑しているのはみっともないだろう。
「エルーズお兄様、大丈夫ですか?」
「……うん、大丈夫だよ。サガード様、急に押しかけてすみません」
「あ、いや、別に問題ありませんよ。その……できることなら、仲良くしておきたいとは思っていましたし」
「……うん?」
そこで、僕はサガード様の様子に違和感を覚えた。僕と話しながらも、彼はルネリアの方を気にしているのだ。
その様子に、僕はだんだんと事情が理解できてきた。詰まる所、彼はルネリアに好意を寄せているということなのだろう。
僕は、ルネリアとケリー、そしてサガード様とともに話していた。
といっても、僕はあまり喋っていない。三人の会話を見守っている時間の方が、恐らく多かっただろう。
「ルネリアは、幼い頃は僕の後ろをいつもついて来ていたよね……」
「うん。ケリーのこと大好きだったもん。あ、今も大好きなのは変わっていないよ」
「そ、そうだったのか……」
その会話を聞いていると、見えてくるものがある。この三人の関係というものは、案外複雑なことになっているようだ。
「だ、大好きか……」
まず前提として、サガード様はルネリアに好意を寄せているらしい。
以前二人を見た時も、そんな感じはしていたが、今日改めて確信できた。彼はまず間違いなく、ルネリアのことが好きだ。
「ルネリアは、そういうことを平気でいうよね」
「え? どういうこと?」
「大好きだとか、そういうことを言うのは、恥ずかしかったりしない?」
「……うん、別に恥ずかしくないよ?」
「ぐぬぬ……」
そして、サガード様はケリーのことを男の子だと思っているようだ。
先程から、彼は彼女に対して少し警戒しているような節がある。それはきっと、ルネリアに近しい男の子だと思っているからだろう。
どうやら、ケリーのあの格好は普通の人からは男の子だと思われるような恰好のようだ。僕は、ここまで来て改めてそれを理解していた。
「ふふ、ルネリアは変わっていないみたいだね」
「ケリー、私が変わっていると思ったの?」
「うん、少し思っていたんだ。だって、貴族というと平民とはまったく違う暮らしになる訳だし、少しは変わっているかもしれないって、思っていたよ」
「そうだったんだ……それなら、安心してもらえたかな?」
「うん、安心したよ」
ルネリアの言葉に、ケリーは笑顔を見せていた。
その笑顔は、可愛らしい笑顔だ。どう見たって、女の子である。
しかし、サガード様はそうは思わないらしい。ルネリアと仲の良い男の子が輝かしい笑顔を浮かべている。彼にとっては、今の笑顔はそういう悶々とした状況であるようだ。
「ふふっ……」
「な、なんだよ……」
「いえ、なんでもありません」
そんなサガード様の様子を、ケリーは少し楽しそうに眺めていた。
どうやら、彼女はこの勘違いをわかっていて、訂正していないようだ。
なんというか、彼女も中々いい性格をしている。王族に対して、そんなことをするなんて、中々できることではないだろう。
そう思いながら、僕は自然と笑顔を浮かべていた。端から見ている分には、中々面白い状況だと思ったのだ。
「……なんだか、今日のサガードは少し変だよね?」
「え?」
そこで、ルネリアがサガード様にそんなことを言った。
今日の彼は変。それはそうかもしれない。先程から、サガード様はケリーの言葉一つ一つにひどく動揺している。それは、ルネリアから見れば訳がわからないことだろう。
「そ、そんなことはないと思うんだが……」
「そうかなぁ?」
この場に来てわかったことだが、ルネリアはサガード様からの好意をまったく気づいていないようだ。
彼女は、少し鈍感な所がある。それはわかっていたことだが、ここまで露骨でも気づかないようだ。
もっとも、彼女は時々とても鋭くなる。もしかしたら、些細なことがきっかけで、彼の思いを理解するかもしれない。
それが、今であるという可能性もある。サガード様の変な様子が、彼女にその思いを伝えることになるかもしれないのだ。
「きっと、サガード様は緊張しているんじゃないかな?」
「緊張?」
「ほら、僕とサガード様は初めて会う訳だし……僕だって、平静に見えるかもしれないけど、緊張しているんだよ」
「そうなんだ……」
そんなルネリアに、ケリーはそのように説明をした。
どうやら、彼女もこれでサガード様の思いがばれるのは忍びないと思ったようだ。
そのことに、サガード様は少し安心したような表情になる。ただ、直後に表情がまた変わった。恐らく、恋敵に助けられて複雑な感情なのだろう。
「まあ、そうだよね。ケリーは、美人だし緊張するよね?」
「え?」
「うん? どうかしたの?」
「あっ……」
そこで、ルネリアはサガード様に声をかけた。
その言葉に、彼は違和感を覚えたようだ。恐らく、ケリーが美人という部分が気になったのだろう。
「美人……確かに、まあ綺麗な顔をしているとは思う。だから、緊張する……だが、俺に別にそんな趣味はないぞ?」
「……サガード、何を言っているの?」
「いや、そうじゃないのか……」
サガード様は、とても混乱しているようだ。
それは、そうだろう。今まで男の子だと思っていた子が、女の子だったと理解するのは、それなりに難しいことであるはずだ。
「ルネリア、一つ聞いてもいいか?」
「何かな?」
「その……ケリーは、お前にとって兄弟みたいだと言っていたよな? それを具体的に言ってもらえないか?」
「具体的に……? えっと……お姉ちゃんみたいということでいいのかな?」
「なるほど……ありがとう、全て理解できた」
ルネリアの言葉に、サガード様は天井を見上げていた。
今、彼の中では、様々な感情が渦巻いているだろう。しばらくは、そっとしておいた方がいいかもしれない。
「……やってくれたな?」
「なんのことでしょうか……?」
数秒天を仰いだ後、サガード様はケリーの方に目を向けた。それに対して、ケリーは目をそらす。
当然のことながら、サガード様は彼女がわかっていて何も言わなかったと理解しているだろう。そのことで、彼女を睨みつけているのだ。
だが、その顔は少し嬉しそうである。恐らく、ケリーが恋敵ではないとわかって、安心しているのだろう。
「……」
「な、なんだよ……」
それに対して、ケリーは少し考えるような表情になった。
その後、彼女はゆっくりとサガード様の方に近づいた。その顔は、何かを思いついたというような顔だ。
「僕が女の子だからといって、恋敵にならないとは限りませんよ?」
「な、何……?」
それから、ケリーはサガード様に小声でそう呟いた。
それに対して、彼は驚いたような表情になる。どうやら、サガード様はまたも混乱し始めたようだ。
恐らく、ケリーは冗談でそう言っているのだろう。だが、サガード様としては気が気ではないようだ。それが表情によく表れている。
「サガード、どうしたの?」
「いや、なんでもない……」
「そうなの? なんだか、少し顔色が悪いような気がするんだけど……」
「大丈夫だ。い、色々と混乱しているだけだ」
「それは、大丈夫じゃないんじゃ……」
ルネリアは、サガード様のことを心配していた。
それはそうだろう。彼は今、目に見えて混乱している。ケリーの言葉が、余程効いたようだ。
「いや、その……実の所、俺はケリーのことを男の子だと思っていたんだ」
「え? そうなの?」
「ああ、だから、混乱していたんだ……」
サガード様は、ケリーのことを勘違いをしたことをルネリアに告げた。
混乱しているのを誤魔化すために、少しだけ真実を話すことにしたようだ。
それに対して、ルネリアは驚いている。ケリーを女の子だと知っている彼女からすれば、サガード様の勘違いは信じられないものなのだろう。
「どうして、ケリーを男の子だと思ったの?」
「え? いや、男の子みたいな恰好をしているし、口調も男の子みたいじゃないか」
「こんなに綺麗なのに?」
「いや、男でも綺麗な人はいるだろう」
「ああ、確かに………」
そこで、ルネリアとサガード様が僕の方に目を向けてきた。
会話の内容からして、僕が綺麗だと思っているということだろうか。
それに対して、僕は苦笑いを浮かべる。どう反応すればいいかか、わからなかったからだ。
「確かに、エルーズ様は綺麗ですね」
「え? あ、その……ありがとう?」
ケリーまでそう言ってきたため、僕はとりあずお礼を言っておいた。褒められているのだから、お礼を言うべきだと思ったのだ。
色々と話した後、ケリーと村長は帰ることになった。
私の村から、ラーデイン公爵家の屋敷まではそれなりに距離がある。村を長いこと開けることもできないため、それ程ゆっくりできる訳ではないのだ。
「ルネリア、それじゃあね。元気でね……」
「うん。ケリーも元気でね」
私は、ゆっくりとケリーと抱き合った。
彼女との別れは悲しい。だが、今生の別れという訳ではない。またいつか必ず会える。そう思いながら、私はその日までの思いを込めて彼女の体を抱きしめる。
「……」
そこで、私はそんな私達をなんともいえない目で見つめているサガードの存在に気がついた。
彼は、一体どうしたのだろうか。そういえば、ケリーと再会して抱き合った時も、彼はひどく混乱していたような気がする。
「あ、そっか……サガードは、あの時ケリーのことを男の子だと思っていたんだね」
「うん? ああ、来た時の話?」
「うん。だから、あんな反応をしていたんだよね?」
「多分、そうなんじゃないかな?」
私の言葉に、ケリーは同意してくれた。
確かに、私が急に男の子に抱き着いたら、それは驚くかもしれない。
あの時は思わず抱き着いてしまったが、女の子と抱き着くのも、貴族では行儀が悪いとされるだろう。その相手が男の子だった場合、もっと大変なことだ。
だから、サガードが驚いていた。それは理解できる。ただ、今はどういう意図で、あんな表情をしているのだろうか。
「……ルネリアは、サガード様のことをどう思っているの?」
「どう思っている?」
「同年代の男の子な訳だし、色々と考えたりしないの?」
「え? それは……」
ケリーの質問に、私は言葉を詰まらせてしまった。
サガードのことをどう思っているか。それは、非常に難しい質問であったからだ。
彼のことは、大切な友達だと思っている。ただ、一緒に過ごしていく内に、私の中にはそれ以上の感情があるのかもしれない。
しかし、それを私はあまり考えていなかった。サガードもそういうことは考えていないだろうし、あまり気にしない方がいいと思っていたのだ。
「えっと……」
「そっか……ちゃんと意識はしているんだね?」
「え?」
「それならいいんじゃないかな? ふふっ……」
私が悩んでいると、ケリーはそんなことを言ってきた。
その言葉の意味が、わからない。彼女は、どうして笑っているのだろうか。
「ルネリア、これから色々と大変かもしれないけど、頑張ってね」
「う、うん……」
ケリーはそう言って、私から体を離していった。
彼女は、一体何を言っているのだろうか。それについて少し悩みながらも、私はケリーと村長を見送るのだった。
私は、キルクス様と話していた。
今日は、色々な予定が重なった日である。キルクス様だけではなく、ルネリアが住んでいた村の村長さんと彼女の友達も訪ねて来ているのだ。
そして、さらにこのラーデイン公爵家を訪ねて来た人物がいた。それは、キルクス様の弟のサガード様だ。
「それにしても、サガード様は本当に家によく来ていますね……」
「あいつのことか……それに関しては、本当にすまないと思っている。俺も、一応注意はしているのだが」
私がそのことについて話を振ってみると、キルクス様は苦い顔をした。
サガード様の振る舞いは、少々奔放である。それが、彼にとってはあまり快くないのだろう。
「でも、私は微笑ましいと思いますよ。だって、好きな女の子に会いに来ているという訳ですし……」
「ふむ……」
私の言葉に、キルクス様は一度目を閉じた。それは、何かを考えているという様子である。
サガード様がルネリアのことが好きだということは、二人の様子を見た人なら誰でもわかることだ。当然、キルクス様もそれはわかっているだろう。
それは、別に悪いことではない。誰が誰を好きになったとしても、それは自由なことである。
だが、問題がないという訳ではない。二人が結ばれるには、少々困ったことがあるのだ。
「……キルクス様はどう思っていますか? 二人のことに関して……」
「難しい問題だと思っている。ルネリアがサガードの思いを受け入れるかどうかはわからないが、もし仮に受け入れたとしても、二人が無事に結ばれるには障害がある」
「障害、ですか……」
私の質問に、キルクス様はそんなことを言ってきた。
やはり、二人が結ばれるには大きな問題があるだろう。王族と貴族、その地位が二人の恋愛に問題を生じさせてしまうのだ。
「そして、その問題とは俺達が関係している。俺とお前が婚約しているという現状は、二人にとって……少なくともサガードにとっては、悪い状況だろうな」
「そうですよね……」
二人は、王族と公爵令嬢である。身分としては、婚約してもまったく問題はない。そういう面では、一つ障害がないといえるだろう。
だが、問題は既にラーデイン公爵家と王家の間で婚約関係があるということだ。私とキルクス様が婚約している状態で、二人が婚約できるかどうかは微妙な所である。
「父上は寛大な方だ。ある程度の融通は利かせてくれる方だと俺は思っている。だが、今回の件に関しては、すぐに首を縦に振ることはできないだろう」
「王族としては、できるだけ偏りをなくしたいということでしょうか?」
「ああ、他の貴族からの反感を買うことになるはずだからな……」
王族の兄弟が、同じ公爵家の娘を嫁にするというのは、他の貴族からすれば嫌なことだろう。
国王様も、無闇に反感を買うのは避けたいはずだ。そう考えると、二人の婚約は難しいものということになる。
私は、少し落ち込んでしまう。二人が結ばれるのに障害がある。その障害に、私達が絡んでいる。その事実に、なんだか悲しくなってしまったのだ。