私は、オルティナお姉様とエルーズお兄様と一緒に寝ることになった。
ベッドは大きいため、三人で寝ても問題はない。この大きさを便利に思う日が来るとは、最初に見た時には思っていなかったことである。
「せっかくですから、エルーズお兄様が真ん中でいいですか?」
「え? 別に僕はどこでも構わないけど……」
「私、ルネリアの隣がいい」
「それじゃあ、エルーズお兄様が真ん中にはなりませんね」
なんというか、真ん中が一番良さそうだったので、エルーズお兄様に譲ろうと思ったが、オルティナお姉様の提案によりそれはなくなった。
真ん中が一番良さそうというのは、私の意見でしかないので、エルーズお兄様がどこでもいいというなら、それでいいだろう。
「まあ、適当に並ぼうよ」
「うん、そうだね」
エルーズお兄様の言葉に答えて、オルティナお姉様はベッドの左端に寝転んだ。
要望通り、私がその隣に寝転び、その隣にエルーズ様も寝転ぶ。
結局、私が真ん中になってしまった。二人は気にしていないのかもしれないが、なんというか少し申し訳ない。
「……ルネリアは、なんで真ん中がいいと思ったの?」
「え? だって、二人に挟まれるなんて、なんだか幸せですし……」
「それじゃあ、ルネリアは今幸せってことだね?」
「……そうですね。二人に挟まれて、幸せです」
二人からの言葉に、私は笑顔で応えた。
エルーズお兄様とオルティナお姉様に挟まれる。それは、なんだか幸せだ。昨日も楽しかったが、今日はさらに楽しい夜になりそうだ。
「……ルネリアは、温かいね」
「そ、そうですか?」
「うん、なんだか安心する」
エルーズお兄様は、私の体温に安心してくれているらしい。
それは、なんとなくわかる。人肌というものには、何事にも代えがたい安心感を与えてくれる。
もしかして、真ん中で嬉しいのはそれも関係しているのだろうか。二人の体温で、二倍の安心感。そう考えると、やはり得しているような気がする。
「確かに、ルネリアは温かいよね。だから、いつも抱き着きたくなるのかな?」
「オルティナは、よく抱き着くよね。でも、お姉様にも抱き着いていない?」
「あ、そうだね。まあ、お姉様も温かいからかな?」
オルティナお姉様は、よく抱き着いてくる。その理由は、自分でもよくわかっていないらしい。
貴族としては駄目なのかもしれないが、私はオルティナお姉様に抱き着かれるのは好きだ。やっぱり、それは人の温もりを感じられるからなのだろうか。
エルーズの件を見終わった後、俺達は兄上の執務室に来ていた。
せっかくだから、三人でお茶でもしようと姉上が提案したからである。
もう夜中であるため、兄上は反対するかと思ったが、普通に受け入れた。という訳で、三人でお茶しているのだ。
「いい機会だから、少し聞きたいんだけど……二人は、婚約者とどんな感じなの?」
「え?」
そこで、姉上は俺と兄上にそんな質問をしてきた。
それは、中々話し辛いことだ。実の姉に、婚約者とのことを話すのは、なんというか少し気恥ずかしい。
「お兄様なんて、もうすぐ結婚するのよね? カーティアさんとはどう?」
「……」
「お兄様、聞いている?」
姉上の質問に、兄上はわかりやすく目をそらした。どうやら、彼にとってそれは答えにくいことだったようだ。
それは、そうだろう。実の妹に婚約者とのことを話すのも、気恥ずかしいことであるはずだ。
「イルフェア、お前は最近少し明るくなったな」
「え?」
そこで、兄上は唐突にそんなことを言った。それは、明らかに話をそらそうとしている。
だが、その指摘はもっともなものだ。確かに、イルフェア姉上は最近は、なんだか前より明るくなった気がする。
「何か心境の変化でもあったのか?」
「そうね……まあ、ルネリアのおかげかしら?」
「うん? ルネリアが何か関係しているのか?」
「ええ、あの子が嬉しいことを言ってくれたのよ」
姉上は、嬉々としてルネリアと何があったかを話してくれた。
どうやら、姉上の心にあった憂いをルネリアが晴らしてくれたようだ。
「なるほど……そっか、姉上もそうだったのか」
「あら? ウルスドもそうなの?」
「ああ、実はそうなんだ」
姉上の話を聞いて、俺も自分とルネリアの間にあったことを話した。
すると、姉上が楽しそうな笑みを浮かべ始めた。それは、どういう意味の笑みなのだろうか。
「ウルスドは、婚約者と仲良くしているみたいね?」
「え? あっ……」
姉上の言葉で、俺は気付いた。俺が今した説明の中には、クレーナとのこともしっかり含まれていたのである。
なんだか、急に恥ずかしくなってきた。俺は、なんてことを言ってしまったのだろうか。
「……お前達、少しいいか?」
「え?」
「な、なんだ?」
そこで、兄上がゆっくりとそう切り出してきた。
その声は真剣だ。多分、とても重要なことを話そうとしている。
俺も姉上も、それを察して少し身構えた。今までの雰囲気のままではできない会話だと思ったからだ。
「今から俺がする話は、この公爵家に起こっていた問題の話だ。それをお前達には知っておいてもらいたい」
「もしかして……」
「ああ、ルネリアのことだ」
「ルネリアの……」
兄上の言葉に、俺達は息を呑む。ルネリアのこと、その一言で、兄上がこれから話すことがどれだけ重要か理解できたからだ。
こうして、俺達は兄上から話を聞くのだった。
エルーズお兄様とオルティナお姉様と一緒に寝た次の日、私はお母様に呼び出されていた。なんでも、話があるらしいのだ。
少し前までは、お母様に呼び出されるというのは緊張した。だけど、今はもうそんなことはない。
「さて、それじゃあ、早速本題に入る……というのは、なんだか味気ないかしら?」
「え? そうですか?」
「ええ、そうよ。だから、ルネリア、少しこっちに来てもらえないかしら?」
お母様は、そう言って私に手招きをしてきた。とりあえず、そちらに来て欲しいということだろうか。
よくわからないが、私はそれに従ってお母様の方に行く。すると、彼女は腕を広げてきた。
「えっと……」
それが何を表していたかは、すぐに理解できた。飛び込んできて欲しいということだろうか。
そういえば、お母様は以前も私を抱きしめてくれた。もちろん私を安心させるためというのもあったとは思うが、それはもしかして、彼女がそうするのが好きだったからなのかもしれない。
何故そう思ったかというと、そうやって抱き着くのが好きな人を私が知っているからだ。オルティナお姉様のあの性質は、お母様から受け継がれたものなのかもしれない。
「……失礼します」
「ええ」
別に断る理由もないので、私はお母様の胸に飛び込んだ。
そんな私を彼女はしっかりと抱きしめてくれる。
さらに彼女は、ゆっくりと私の頭を撫でてきた。その優しさに溢れた仕草に、私は少し考える。
「ルネリア……」
お母様は、以前から優しかった。だが、なんというか今日は少し違う気がするのだ。
もしかしたら、お母様には何か心境の変化があったのかもしれない。上手くは言えないが、そう思う程にお母様は以前までとは違う気がするのだ。
「それで、今日あなたを呼び出した理由なんだけど……」
「あ、はい……」
お母様は、そのままの状態で話を始めた。
ということは、今日の話はそんなに深刻な話ではないのだろう。もしそういう話だったら、少なくとも話す前にはこの状態を解くはずだからだ。
「あなたの村の村長さんがね、今度この公爵家に来るの」
「え? そうなんですか?」
「ええ、少し話がしたくて、私が呼んだの」
村長がこの公爵家に来る。それは、私にとって嬉しい知らせだった。
かつていた村の人達は、皆いい人ばかりだった。そんな人達とまた会うというのは、私にとってとても喜ばしいことなのである。
「それでね、村長と一緒にある子も来るみたいなの。村長が、どうしてあなたに会いたいと言っているからって」
「ある子?」
「ケリーといっていたわ。あなたの親友だって聞いたのだけれど」
「そ、そうなんですか!」
「やっぱり、嬉しいのね」
ケリーというのは、私が村にいた時に仲良くしていた子だ。
村長が来るのはもちろん嬉しいが、ケリーが来てくれるというのは、さらに嬉しい知らせだ。
私達は、いつも一緒に遊んでいた。そんな親友に再会できると知り、私は思わず笑顔になるのだった。
村長とケリーがやって来る日は、すぐに訪れた。
しかし、この日というのが結構問題だった。色々と予定が重なってしまったのだ。
というのも、イルフェアお姉様の婚約者であるキルクス様も、この日に公爵家を訪ねて来ることになっていたのだ。
ただ、そこまでは予定通りである。キルクス様はお姉様に会いに来るだけなので構わないと許可ももらっていた。
「いや、その……悪いとは思っているんだが……」
問題は、そんなキルクス様にサガード様もついて来ていたということである。
なんでも、ラーデイン公爵家を兄であるキルクス様が訪ねると聞いて、自分も連れて行って欲しいと頼んだらしいのだ。
最近は忙しかったのか、サガード様は来ていなかった。そのため、それが積もりに積もってこんな形での来訪になってしまったのだろう。
「まあ、別にサガードが訪ねて来るのは私にとっては嬉しいことだから、別にいいんだけど……今日は、他に予定があるんだよね」
「そ、そうなのか……」
突然訪ねて来るのは、もちろんこちらにとってはそれなりに迷惑なことである。 だが、それでも本来ならそこまで困ることではない。私個人としては、嬉しいくらいのことだ。
ただ、今日は私に珍しく予定がある。流石に、そちらを優先させなければならないのだ。
「私が村にいた時の村長と友達が、この公爵家に来るんだ」
「あ、ああ、そういえば、兄上が他に客人があるとか、言っていたな……」
「だから、そっちを優先したいんだ」
「そっか……それなら、仕方ないよな」
王子であるサガードを蔑ろにするというのは、本来なら失礼なことかもしれない。 しかし、私はそんなことで彼は怒らないと知っている。そもそも、私は彼を単なる友達として認識しているので、そういう気遣いはしないと心掛けているのだ。
そのため、今日は容赦なくケリーを優先させてもらう。友達に差があるという訳ではないが、先客を優先したいのだ。
「……というか、お前が村にいた時の友達というのには、少し興味があるな」
「え? そうなの?」
「ああ、俺も会ってみたいような……」
「そっか……」
サガードの言葉に、私は少し考える。ケリーからしてみれば、突然王子と会うのは、結構きついことかもしれない。
ただ、ケリーは結構もの怖気しない性格だ。別にサガードと会っても、それ程問題はない気がする。
「うん、それなら会ってみて」
「いいのか?」
「多分、大丈夫だと思う」
もしかしたら、二人が友達になるかもしれない。そうなると、私としては嬉しい限りだ。そう考えた私は、二人を会わせてみることにした。
こうして、私の親友とサガードが会うことになったのである。
私は、ルネリアとそして彼女が連れて来たサガード様と玄関にて客人を待っていた。
今日は、ルネリアの村の村長がこの公爵家に来る。その二人が来たという知らせが、先程あったのである。
「……あっ」
玄関の扉が開いた瞬間、ルネリアの顔が明るくなった。そこから入ってくる二人の顔を見たかだろう。
村長と私は、一応面識がある。ただ、ケリーという子のことはよく知らない。ルネリアの親友らしいが、どんな子なのだろうか。
「……ルネリア」
村長の隣には、中性的な子がいた。見た目から考えると、恐らく男の子だろう。
私は、それに驚いていた。ルネリアの親友というので、てっきり女の子だと思っていたからだ。
ただ、よく考えていれば、性別については聞いていなかった。別に、男の子でも親友とは表現するだろうし、それは私の捉え方の問題だ。
「ケリー!」
「ル、ルネリア?」
次の瞬間、ルネリアはケリーの元に駆け寄っていた。 久し振りに会って感極まったのか、彼の胸に飛び込んで行ったのである。
それは、貴族としては少しはしたないことだ。だが、久し振りに会った村の親友と会って喜んでいるのだから仕方ない。
私は、そう思ってその行為を見逃そうと思った。しかし、この場にいるとある人物は、ルネリアのそんな行動に心穏やかではいられなかったようだ。
「ル、ルネリア、何をやっているんだ?」
「え?」
それは、サガード様である。彼は、ルネリアとケリーの元に駆け寄っていった。その顔は、とても悲しそうだ。
前々から思っていたことだが、彼はルネリアに好意を抱いているらしい。そんな彼にとっては、ルネリアが抱き着いたことは私よりも衝撃的なことだったのだろう。
「……ルネリア、この人は?」
「あ、ケリー。この人はね……私の友達で、サガードだよ。えっと……この国の王子といったら、わかるかな?」
「王子様……」
ルネリアの言葉に、ケリーは目を丸めて驚いていた。
それはそうだろう。彼は王子がここにいるなんて知らなかった。それも、自分に対してものすごい敵意を向けてくるなんて、訳がわからないことだろう。
「えっと……僕は、何か無礼を……」
「……あ、いや、違う。すまん、悪かった。別に、なんでもないんだよ」
だが、焦っていたのはむしろサガード様の方だった。
恐らく、彼は思い出したのだろう。王子である自分が、平民に敵意を向けるのが、どういうことなのかを。
サガード様は、ケリーに対して平謝りしていた。とりあえず、彼に何もしないと伝えようとしているのだろう。
「あ、えっと……お邪魔します」
「ええ、いらっしゃいませ……」
そんな様子に苦笑いしながら、村長はこちらに挨拶をしてきた。
なんというか、騒がしい歓迎になってしまった。微笑ましいものではあったが、客人に対しては少し失礼だったかもしれない。
私は、村長さんを自分の執務室に通して彼と話していた。
彼をこのラーデイン公爵家に招いたのは、セリネアやルネリアのことを聞くためである。
今まで、私は彼女達が村でどのような暮らしをしていたのかを聞くことは避けてきた。どうしても、浮気相手に対して複雑な気持ちを抱いてしまうからだ。
しかし、今はその気持ちはない。だから、私は、二人の歩んできた人生を知りたいと思ったのである。
「実の所、私は心配なんです。ルネリアと私は、複雑な関係ですから……」
「……そうですよね」
二人の暮らしを村長さんから聞いて、私はそんなことを呟いていた。
私が心配しているのは、ルネリアの親として自分がどう振る舞うべきなのかということである。
私と彼女の関係は、複雑だ。簡単な関係ではない。
だからこそ、心配なのだ。自分が、あの子の親として振る舞うにあたって、どうすればいいのかということが。
「……まあ、自分は貴族のあれこれのことはわかりませんが、親というものだけはわかります」
「……どういうことですか?」
「今のルネリアを見て、思ったんです。あなたの隣で、あの子は安心しきっていました。それを見れば、あなたがどれだけ彼女のことを思ってくれているのかは、わかります」
そんな私に、村長さんはそんなことを言ってくれた。
ルネリアを私よりも長い年月見てきた彼からそう言ってもらえるのは、非常にありがたいことだ。少なくとも、私の今までの振る舞いは、間違っていなかったということだろう。
「ありがとうございます……ああ、そういえば、ルネリアはあのケリーという子ととても仲が良いんですね?」
「ああ、ケリーですか。ええ、そうですね」
そこで、私はあることを思い出した。ルネリアの親友、ケリーのことだ。
二人は、とても仲が良いように感じられた。その関係性が、私は中々気になっているのだ。
それは、一個人的な興味でもあり、母親としての興味でもある。そして何より、貴族としての興味もあるのだ。
「ルネリアにとって、ケリーはどのような存在なのでしょうか?」
「そうですね……まあ、姉貴分とでもいうべきでしょうか」
「……姉貴分?」
「ええ、まあ、村では一番年が近い女の子ですから、姉のように思っているはずです」
村長さんの言葉に、私は驚いた。なぜなら、私はケリーのことを男の子だと思っていたからだ。
だが、彼改め彼女の顔を見た時、私は中性的だと思った。格好は男の子のようだったが、女の子でもおかしくはない。
こうして、私はルネリア達の村での暮らしと、ケリーの本当の性別を知ったのだった。
私は、ケリーとサガードと客室で話していた。
初めは驚いていたケリーも、私の友達ということで、快くこの会合を受け入れてくれた。という訳で、三人で話しているのだ。
「……それで、お前達はどういう関係なんだ?」
「どういう関係ですか?」
「ああ……俺はお前とルネリアがどういう関係なのか、気になるんだよ」
「なるほど……」
サガードは、私とケリーの関係性を気にしているらしい。
彼にとって、ケリーはいきなり現れた私の友達である。そのため、そういう過去の話というのが気になっているのかもしれない。
「そうですね……まあ、兄弟みたいな関係でしょうか?」
「きょ、兄弟?」
「ええ、ルネリアは僕にとって妹のような存在でしょうか」
「そ、そうなのか……」
ケリーの説明に、サガードは考えるような仕草をした。兄弟のような関係ということについて、何か悩んでいるようだ。
それにしても、ケリーはなんだかやけに楽しそうにしている。王子様と話せるということが嬉しいのだろうか。
「兄弟……それは、なんというか絶妙な感じだな……」
「絶妙?」
「あ、いや、なんでもない……」
サガードは、私達の関係をそのように評してきた。
それが、私にはよくわからない。一体、何が絶妙というのだろうか。
「つまり、お前達はそういう関係ではないということか?」
「そういう関係? それは、どういう関係でしょうか?」
「え? いや、その……」
サガードの質問に、ケリーは首を傾げていた。それは、私も同じである。そういう関係とは、どういう関係なのだろうか。
なんだか、先程からサガードの言っていることがよくわからない。なんというか、今日の彼の言葉はふわふわとしているのだ。
「な、なんでもない……」
「そうですか……」
サガードは、結局黙ってしまった。彼が何を質問していたのか、それは謎である。
「ああ、ルネリア、そういえばさ、ルネリアとサガード様はどんな感じで出会ったの?」
「え? サガードとの出会い? えっと、それね……お姉様の婚約者に会いに行った時、サガードが私のことを見ていて……」
「ルネリア、それは言わないでくれ」
「え? どうして?」
「恥ずかしいだろう……」
「そ、そうなの?」
ケリーの質問に答えようとしていた私を、サガードは止めてきた。
どうやら、この話は彼にとって恥ずかしいことであるようだ。確かに、友達が欲しくて私のことを見ていたなんて知られるのは、少し恥ずかしいことかもしれない。
「そうですか……まあ、それなら聞かないことにしますよ」
「あ、ああ、ありがとう……」
ただ、やはり今日のサガードは変である。一体、彼はどうしてしまったのだろうか。
僕は、少しふらふらしながら廊下を歩いていた。
今日は、ルネリアの村の村長さんやお姉様の婚約者が来る日だ。そのため、ラーデイン公爵家は大変な状態である。
大抵の場合、僕はそういう時に部屋に籠っていることが多い。迷惑にならないように、そうすることにしているのだ。
「ふう……」
ただ、今日は少しだけ部屋から出てきていた。なぜなら、少し気になることがあったからだ。
ことの発端は、ルネリアとの会話である。彼女からあることを聞いてから、僕はそれがとても気になっているのだ。
その会話とは、今日この公爵家に来ている人に関係している。僕は、一目だけでもその人に会ってみたいのだ。
「……あの、大丈夫ですか?」
「え?」
そんな僕に話しかけてくる人がいた。その人は、中性的な顔立ちの女の子だ。服装からして、恐らくは平民だろう。
僕は、少し驚いていた。まさか、廊下で探していた人と会うとは思っていなかったからである。
「なんだか、辛そうですけど……」
「あ、えっと、大丈夫だよ。心配してくれて、ありがとう」
動揺しながらも、私は彼女にそう言った。
別に、今日はそこまで体調が悪い訳ではない。そのため、まずは安心してもらいたかったのである。
「……君は、ルネリアの友達だよね?」
「え? あ、はい。そうです」
「僕は、ルネリアの兄のエルーズ。君の名前を教えてもらってもいいかな?」
「あ、ケリーです」
「ケリーか。よろしくね」
「よろしくお願いします」
僕は、姿勢を正してケリーに挨拶をした。
僕だってこのラーデイン公爵家の一員だ。客人に無礼があってはならない。
そう思って、少し気合を入れる。最近、僕はもっと頑張ると決めた。今回も、その頑張り所といえるだろう。
「実は僕、君に会いたかったんだ」
「え? 僕に?」
「うん、ルネリアから、君は僕に似ていると聞いてね。どんな人なのか、一目会っておきたかったんだ」
「そうなんですか……」
僕がケリーに会ってみたかったのは、そういう理由だった。
彼女が僕に似た雰囲気をしている。そうルネリアから聞いていたのだ。
そして、実際に会ってみてそれは間違っていないような気がする。確かに、僕と彼女はどこか似ているような感じがするのだ。
「……失礼かもしれませんが、確かに少し似ているかもしれませんね」
「君もそう思う?」
「ええ、不思議ですね……具体的に言葉で表せと言われたら、少し難しいような気はしますけど、僕達は似ているような気がします」
「やっぱり、そうだよね……」
ケリーも、僕と同じことを感じ取っていたようだ。
よくわからないが、僕達は似ている。何が似ているかは、わからないがそう思うのだ。
ルネリアに聞けば、それがわかるのだろうか。今度聞いてみるのも、いいかもしれない。
「……そういえば、ケリーはどうしてこんな所にいるの?」
「あ、えっと……」
「あれ? 僕、何か変なことを聞いたかな?」
「……いえ、そういう訳でありません」
そこで、僕はそもそもケリーがどうしてこんな所にいるかが気になった。
だが、それに対する彼女の反応は悪い。僕は、何か変なことを聞いてしまったようだ。
そして、すぐに気がついた。よく考えてみれば、単純な理由がある。それを女の子に聞くのは、あまり良くない気がする。
「ごめんね、女の子にそういうことは聞かない方が良かったよね……」
「え?」
「うん?」
僕の謝罪に、ケリーは驚いたような表情になった。
もしかして、僕はまた変なことを言ってしまったのだろうか。
しかし、今度はそれがどういうことかわからない。一体、僕は何を言ってしまったのだろうか。
「えっと……僕が女の子だって、わかるんですか?」
「え?」
「いえ、こんな格好ですし、男の子だと思うんじゃないかって……」
「こんな格好?」
ケリーの指摘に、僕は首を傾げることになった。
彼女を改めて見ても、女の子にしか思えない。確かに格好は男の子みたいかもしれないが、その程度は勘違いする要素ではないだろう。
「女の子にしか見えないよ」
「そ、そうですか……」
僕の言葉に、ケリーは少し困惑しているような気がした。
僕は、やはり何かを間違えたのだろうか。
こういう時、対人経験の無さが露呈してしまう。僕には、何を間違えたのかわからないのだ。
情けない姿を、ルネリアの友達に見せてしまっただろうか。これは、反省しなければならないかもしれない。
「あ、ケリー、こんな所にいたんだ。あれ? エルーズお兄様?」
「あ、ルネリア……」
僕がそんなことで悩んでいると、ルネリアがやって来た。恐らく、帰りが遅いケリーのことを心配して、やって来たのだろう。
「ごめんね、ルネリア。僕が、ケリーを引き止めてしまっていたんだ」
「あ、エルーズ様は悪くありません。僕が、色々と余計なことを考えてしまっていただけですから」
「……よくわかりませんけど、やっぱり二人は似ていますね」
「え? そうかな?」
ルネリアは、僕達を交互に見た後そのように言ってきた。
それに対して、僕とケリーは顔を見合わせる。改めて彼女の顔を見て見たくなってその方向を向いたのだが、その思考も同じだったらしい。
「ねえ、ルネリア。僕達は何が似ているのかな?」
「そうですね……雰囲気でしょうか?」
「雰囲気?」
「はい。二人とも、なんというか……少しミステリアスな感じがします。神秘的とでもいうんでしょうか……あまり言葉にできないんですけど、そんな感じです」
「そうなんだ……」
ルネリアの言葉に、僕は少し考える。
確かに、僕はルネリアにこの体のことを秘密にしていた訳だし、そういう意味ではミステリアスなのかもしれない。
ケリーも、どうやら性別を偽っているような感じがあるので、それには当てはまるのかもしれない。
そう考えると、ルネリアの言っていることは的を射ているような気がした。僕達は、そういう所が似ているようだ。