私は、息子であるアルーグの元に来ていた。彼から、色々と聞きたいことがあったからである。
「母上、どうかされましたか?」
「アルーグ……実は、あなたに聞きたいことがあるの」
「……なんでしょうか?」
私の雰囲気で察したのか、アルーグは少し佇まいを整えた。
相変わらず、彼は優秀である。母親としての贔屓目もあるのかもしれないが、つくづくそう思ってしまう。
「……セリネアから、私に宛てた手紙が出てきたの」
「……そうでしたか」
「あなたは……彼女のことを知っていたみたいね?」
「……ええ」
私の問いかけに、彼はゆっくりと頷いた。
その顔は、少し悲しそうである。色々な思いが、彼にそんな表情をさせたのだろう。
「私は、父上の浮気を知りながら隠していました。そのことについて、母上には謝罪しなければなりませんね」
「いいえ、あなたが何を思っていたかはわかっているつもりよ。あの時、こんな話を聞かされていたら、私はどうなっていたことか……」
アルーグがどうして秘密にしたのかは、なんとなくわかっている。彼はきっと、二つの家族の生活を守ろうとしたのだろう。
その判断が間違っているとは、私も思わない。むしろ、賢明な判断だったとさえ思える。
「あの子は……酔ったあの人に無理やり関係を持たされたみたいなの」
「ええ、そのようですね」
「……そのことは知っていたの?」
「……私は、彼女のことをよく知っています」
「……そうだったわね」
私が気になっていたのは、アルーグの思いのことだった。
彼は、彼女に対して好意を持っていた。それは、子供の憧れのようなものだっただろう。だが、それでもそれは紛れもない好意だ。
そんな彼女が父親と関係を持った。それを彼がどう思っているかが、私は気になっていたのだ。
遅いかもしれないが、もしそれで傷ついているなら母親としてフォローしなければならい。そう思ったのだが、今の彼の様子から考えると、そのことに対する踏ん切りはついているようだ。
「母上……私は、あなた程偉大な人を他に知りません」
「あら? 藪から棒に何かしら?」
「今回の出来事で、私はそれを痛感しました。あなたの子として生まれて、本当によかったと私は改めて思いました」
「アルーグ……ありがとう」
アルーグは真剣な顔で、嬉しいことを言ってくれた。
彼も、随分と大きくなったものだ。私は、改めてそのことを実感していた。
近い内に、彼はこのラーデイン公爵家を継ぎ、結婚する。そんな彼の作る家庭は、何の不自由もなく幸せになって欲しいものだ。
私は、日の光にゆっくりと目を覚ました。どうやら、もう朝が来たようだ。
公爵家に来てからもう随分と経つが、未だにこの広いベッドにはなれていない。なんでこんなに広いのだろうか。その意味が、まったくわからない。
そういえば、エルーズお兄様の部屋のベッドは普通の大きさだった。私も、あれくらいの大きさでいいのに。
そう思いながら、私は横を向いた。すると、そこには見知った顔がある。
「オルティナお姉様、朝ですよ」
「すー」
「オルティナお姉様? 聞こえていますか? 朝ですよ」
私の隣で寝ているのは、オルティナお姉様だ。昨日、一緒に寝ようと私の部屋に押しかけて来たのだ。
別に断る理由もなかったので、私はそれを受け入れた。そうして、二人でこうやって朝を迎えた訳なのだが、ここで問題が発生したのである。
オルティナお姉様は、私の手をしっかりと握っていたのだ。眠る前にそんなことはしていなかったはずなので、夜中に何かの拍子でそうなったのだろう。
そのため、私は動けないのだ。それでは困るので、オルティナお姉様を起こすことにしたのである。
「起きない……」
しかし、オルティナお姉様は中々起きてくれなかった。私が何度も呼びかけても、気持ち良さそうに寝息を立てるだけである。
仕方ないので、このまま二度寝でもしようか。そう思って私は、ベッドに寝転がろうとした。
だが、そこで私は思い出す。今まで、朝中々起きてこなかったラーデイン公爵家の人々がどうなったのかを。
「オルティナお姉様、起きないとアルーグお兄様にまた叱られますよ」
「むにゃ……」
「いや、むにゃじゃなくて、ですね……」
以前、オルティナお姉様は昼前くらいまで眠っていたことがある。なんでも、前の晩に遅くまで起きて遊んでいたそうなのだ。
その話を聞いたアルーグ様は、大そう怒っていた。規則正しい生活を心がけるように、念入りに言っていたのである。
そのことを思い出したため、私は二度寝するのをやめた。それは、明らかに規則正しくないからだ。
「オルティナお姉様、起きてください!」
「うん……あ、ルネリア、おはよう」
「おはようございます。やっと起きてくれましたね……」
そんなことを考えながら呼びかけている内に、オルティナお姉様は目を覚ましてくれた。
彼女は、まだ眠そうな目をこすりながら、ゆっくりとその体を起こした。そして、そのままこちらに飛び込んでくる。
「オ、オルティナお姉様? どうされたのですか?」
「うーん……朝一番からルネリアの顔が見られるのって、なんかいいね」
「そ、そうですか……?」
オルティナお姉様は、私の体をしっかりと抱きしめてきた。
どうやら、もう眠気は吹き飛んだようだ。その声色が、いつもの元気な声に変わったので、私はやっと安心することができるのだった。
「へえ、それじゃあ、二人は昨日一緒の部屋で寝ていたのか」
「はい、そうなんです」
朝の支度を終えて部屋から出た私達は、ウルスドお兄様と会っていた。
朝食を取るために食堂に向かいながら、昨日の事情を話すと、彼は優しい笑顔を浮かべてくれる。
「楽しかったよ。ウルスドお兄様も、今度は一緒にどう?」
「いや、それは流石に色々と問題があるんじゃないか?」
「問題? 何かあるの?」
「俺は、お前と違って男兄弟だからな。なんというか、変だろう?」
オルティナお姉様の言葉に、ウルスドお兄様はそう答えた。しかし、お姉様の方はその答えにあまり納得していないらしく、その首を傾げている。
彼が何を言いたいかは、なんとなくわからない訳ではない。同性と異性の兄弟では勝手が違う。恐らく、そう言いたいのだろう。
「ルネリアは、どう? ウルスドお兄様と一緒に寝たくない?」
「別に、私は構いませんよ」
「私も構わないから、何も問題ないんじゃないの?」
「いや、そういう訳にはいかないだろう。第一、三人で寝ると狭いんじゃないか?」
「大丈夫、ルネリアの部屋のベッド大きいもん」
「……確かに、なんかやけに大きかった気がするな」
ウルスドお兄様は、そこで少し考えるような仕草をした。それは、私達と一緒に寝るということに対してではなく、私の部屋のベッドに対するものだろう。
ウルスドお兄様も、オルティナお姉様も大きいというくらいなのだから、私の部屋のベッドは貴族にとっても大きいものということだ。
私一人寝るだけなら、あんなに広い必要はない。なんというか、無駄に広いのだ。
ただ、それが今回は役に立ったといえるだろう。二人や三人で眠っても、まったく問題ないというのは、利点かもしれない。
「確か、ルネリアの部屋はアルーグお兄様が手配したはずよ」
「え? 姉上?」
「あ、おはようございます」
「おはよう、お姉様」
「ええ、おはよう」
私達の会話に、突如イルフェアお姉様が入ってきた。
どうやら、三人で歩いているのを見つけて、追いついてきたようだ。
「おはよう……えっと、つまり、なんでベッドが大きいかは兄上に聞かないとわからないということか?」
「ええ、そういうことになるわね。まあ、お兄様のことだから、何か理由はあるのだと思うのだけれど……」
「ベッドが大きい理由ね……あんまり想像できないな」
イルフェアお姉様の言葉に、ウルスドお兄様はまたも考えるような仕草をする。確かに、ベッドが大きい理由はあまり思いつかない。一体、アルーグお兄様は何を思っていたのだろうか。
そんな風に和気あいあいと話し合いながら、私達は食堂に向かうのだった。
「ルネリアの部屋のベッドが大きい理由か……」
朝食の際、私達はアルーグお兄様に例の件を聞いてみることにした。
その質問に対して、彼は頭を抱えて少し苦い顔をしている。
恐らく、それを決めた時のことを思い出しているのだろう。どうやらそれは、あまりいい決まり方ではなかったようだ。
「実の所……あれは、婚約者に押し切られたんだ」
「婚約者……カーティア様ですか?」
「ああ、いつだったか話の流れで、そうなったんだ。ベッドは大きい方がいい。大は小を兼ねる。そんなことを言われて、血迷った俺は言われた通り発注したんだ……」
どうやら、あのベッドはお兄様の婚約者であるカーティアさんが発端のようである。
それは、なんとなく納得できる。彼女には以前あったことがあるが、結構活発な女性だった。そういうことをいいそうな人だったのだ。
「あら? お兄様も案外、尻に敷かれているのね」
「……そういうことになるのかもしれないな」
「……姉上、今お兄様も、といったか? まるで、他に尻に敷かれている奴がいるみたいな言い方だが……」
「え? だって、ウルスドはそうでしょう?」
「いや、そんなことはない。俺は別に……」
イルフェアお姉様の指摘が、何故かウルスドお兄様に飛び火していた。
だが、ウルスドお兄様がクレーナさんに頭が上がらないのは公爵家において、既に周知の事実である。そのため、彼の他にイルフェアお姉様の言葉に違和感を持った者は誰もいないだろう。
いや、ウルスドお兄様だって、心当たりがあるから突っ込んだはずだ。恐らく、自分でもそれはわかっていたのだろう。
「ベッドが大きすぎるというなら、新しいものを買っても構わないが……」
「いえ、そんな必要はありません。別に大きくて困ることはありませんから」
「そうか……」
アルーグお兄様の言葉に、私は首を振った。
ベッドを買い替えるなんて、とんでもないことだ。まだ全然使えるのに買い替えるなんて、それは間違っている。
もちろん、公爵家にはお金はたんまりあるのだろう。でも、無駄遣いするのはよくないはずである。
使えるものはとことん使う。私は、そんな平民としての考えを大切にしていきたいと思っている。よって、ベッドはあのままで構わないのだ。
「うんうん、ベッドはあのままでいいよ。だって、大きい方が一緒に寝られるし」
「一緒に寝られる? 何かあったの?」
「昨日、私はルネリアと一緒に寝たんだよ、エルーズお兄様」
「そうだったんだ。楽しそうだね」
「うん、エルーズお兄様も今度一緒に寝る?」
「……いや、僕は遠慮しておくよ。迷惑をかけそうだし」
そんな風に思っていると、エルーズお兄様とオルティナお姉様がそんな会話を交わしていた。
エルーズお兄様は、以前に比べると少し明るくなった気がする。最近はリハビリも頑張っているそうだし、その体質を改善するために頑張っているのだ。
でも、今のエルーズお兄様の言葉は少し胸にちくりとした。なんというか、私はお兄様にそんなことを言って欲しくないのだ。
そんな風な気持ちで、私は朝食を食べていた。美味しかったが、なんだかずっともやもやとした気持ちは消えなかった。
「という訳で、私は少しもやっとしたんです」
「確かに!」
私は、エルーズお兄様の言葉に関して思ったことを、オルティナお姉様に打ち明けることにした。
既に、時刻は夜である。オルティナお姉様は、今日も私の部屋にやって来たのだ。
私が今日一日感じていたことを話すと、彼女は大きく頷いてくれた。どうやら、気持ちは同じだったようである。
「迷惑とか、そういうのは嫌だよね。そりゃあ、エルーズお兄様は病気がちだけど、そんなの関係ないってというか……」
「そうですよね」
「うん、これはなんとかしないといけないよね」
「行きますか?」
「うん、行こう!」
私の言葉に、オルティナお姉様は大きく手を上げてくれた。
という訳で、私達は早速行動を開始する。私の部屋から出て、とある人物の部屋に向かうのだ。
オルティナお姉様の理解が早くて、本当に助かった。これで、私は今日感じていたもやもやをやっと晴らすことができそうである。
「エルーズお兄様、入るからね」
「え?」
しばらく歩いて、私達はエルーズお兄様の部屋までやって来ていた。
彼の返答も聞かず、オルティナお姉様は部屋の戸を開ける。こういう時の大胆さは流石だ。
「エルーズお兄様、元気?」
「え、えっと……まあ、今日は体調もいい方だよ?」
「それなら歩ける?」
「歩けるけど……」
「それじゃあ、行こう!」
「行くって、どこに?」
困惑するエルーズお兄様の手を、オルティナお姉様は握って引っ張っていた。
訳がわからないというような顔をするエルーズお兄様の空いている方の手を私は握る。
「ルネリア? あの、事情を説明して……」
「いいから、来てください」
「ええ……」
私達は、二人でエルーズお兄様を引っ張っていった。多少混乱しながらも、彼は私達について来てくれる。
そうやって少し歩いて、私の部屋の前まで来ると、エルーズお兄様はようやく事態を少し飲み込めたのか、納得したような表情になる。
「……もしかして、二人とも朝のことを気にしていたのかな?」
「あ、そこまでわかったんですね?」
「うん……その、あれを言ってから、なんとなくちょっと空気が変わったような気がしたから」
エルーズお兄様は、自分が失言していたことを理解していたようだ。
その言葉からして、あの言葉に嫌な思いをしたの私達だけではなかったと私は初めてわかった。どうやら、あの場にいた皆、気持ちは同じだったようである。
「エルーズお兄様、迷惑とかそういうことは言わないでください」
「そうだよ。他に理由があるならともかく、そういうことで私達の誘いを断るのは、駄目なんだからね」
「……ごめん、二人とも。ありがとう」
私達に対して、エルーズお兄様はゆっくりと頭を下げてきた。わかってもらえたなら、本当によかった。これでもう、エルーズお兄様はあんなことは言わないだろう。
「……本当はね、オルティナの誘いに乗ってみたかったんだ。普通の人みたいに、二人と遊べたらいいなって」
「それなら、そうしましょうよ」
「うん、そうだね」
私とオルティナお姉様に引っ張られて、エルーズお兄様は私の部屋に入っていく。
その表情は笑顔だった。それが私達は、ただただ嬉しかった。
「ふぅ……」
オルティナとルネリアに引っ張られて部屋に入っていくエルーズを見ながら、私はゆっくりとため息をついた。
どうやら、今回の事件は二人が解決してくれたようだ。とりあえず、これで一安心である。
「……まあ、丸く収まって良かったと思う反面、本当に大丈夫なのかと思わなくもないな」
「あら? そう?」
「いや、エルーズは兄貴とはいえ、男な訳だし、妹と一緒に寝るというのは、なんというか変じゃないか?」
「まあ、エルーズの年を考えると普通ではないかもしれないわね。でも、あの子は今までそんな普通を体験してこなかった訳だし……」
「まあ、そうかもしれないが……」
隣のウルスド的には、兄が妹と一緒に寝るのは微妙なことらしい。
別に、そう思うのもそれ程おかしいことではないだろう。実際問題、この話を他の貴族なんかに話していいかといわれると、微妙な所だ。
兄と妹の仲が良いなんて、思ってくれる方が少ないだろう。あることないこと言われるのは、容易に想像できる。
「そう思うなら、ウルスドがエルーズを誘っても良かったんじゃない?」
「いや、男同士で一緒に寝るというのも、なんだか変な話だろう?」
「そうかしら? お兄様はどう思う?」
「俺に話を振るな」
男同士の同衾というのは、どうなのだろうか。そう思った私に対して、ウルスドもアルーグお兄様もあまりいい反応はしなかった。
別に、私はオルティナやルネリアと一緒に寝るのに抵抗はない。むしろ、朝のことがなければ、ルネリアの部屋を訪ねてみようかと思っていたくらいだ。
だが、男兄弟では、そういう訳にはいかないようである。微笑ましくて、いいと思うのだが。
「……でも、ウルスドなんかは、昔お兄様にべったりだったわよね?」
「え?」
「お兄様は覚えているでしょう? ウルスドがいつも後ろを追いかけていて、私は少し嫉妬していたことをよく覚えているわよ」
「ふん……」
私の思い出話に、お兄様はため息をついた。それは、多分覚えているからこそ出たため息だろう。
ウルスドは、アルーグお兄様に良く懐いていた。お兄様を取られて寂しい、弟が懐いてくれなくて寂しい。二つの意味で、私もよく嫉妬していたものである。
「その代わり、お前はオルティナに懐かれていただろう?」
「それは、そうだけど……でも、そういう問題ではないでしょう?」
ウルスド以外の下の子達は、彼とは少し違っていた。
エルーズはどちらにも平等な感じで、オルティナは私の方によく懐いていたのである。
でも、私としてはウルスドにだってそんな風に接してもらいたかった。他の子に慕われていたとしても、それは変わらないのだ。
「欲張りな奴だ」
「でも、お兄様もそうだったんじゃないの?」
「それは、どうだかな……」
「やっぱり、お兄様は素直じゃないのね?」
基本的に、アルーグお兄様はあまり素直ではない。本当は、皆のことが大好きなのに、それを表に出そうとしないのだ。
そんな風な会話をしながら、私達は笑い合うのだった。
「……あの子達も来ていたのね」
私は、物陰からルネリアの部屋に入る三人を見ていた。
それを見終わってから、反対側にアルーグ、イルフェア、ウルスドの三人を発見したのである。
どうやら、考えていることは同じだったようだ。皆、エルーズが朝に言った言葉を気にしていたのである。
「一体、誰に似たのかしら……?」
「……失礼ながら、奥様かと」
「やっぱり……そうなのよね」
メイドの返答に、私はゆっくりと頷いた。恐らく、これは私の血なのだろう。
別に自分ではそう思っていないのだが、私はよく愛情深いといわれる。
これくらい普通だろうと思っていることでも、友人やメイドからはそんな風に言われることが多々あった。そんな私の血が、あの子達には受け継がれているのだろう。
「別に、悪いことではないのですから、落ち込む必要はないと思いますよ?」
「ええ、それはそうなのだけれど……」
メイドの言う通り、別にそれは悪いことではないはずだ。
ただ、時々本当に大丈夫なのかと思う時はある。例えば、今回のことなんて、心配し過ぎていると思われるようなことなのではないだろうか。
「率直な意見を聞かせてもらいたいのだけど、私達のことをあなたはどう思っているのかしら?」
「どう思っているとは?」
「その……エルーズが朝食の時に言った言葉だけで、こんな風に集まっている私達のことを変だと思う?」
「……」
私の質問に対して、メイドはそっと口を押えた。それは、笑いを堪えているような仕草に見える。
「……失礼しました」
「別に構わないわよ。笑いたいなら笑っても」
「いえ……申し訳ありません。ただ、あまりにも微笑ましかったというか……」
「微笑ましい?」
メイドの言葉に、私は首を傾げることになった。微笑ましい。それは一体、どういうことなのだろうか。
「……家族皆でこうやって心配して、それが変じゃないか気にするのは、なんとも可愛らしい悩みだと思います」
「可愛らしい悩み……そうかしら?」
「ええ、皆さんはただただ微笑ましいと、私はそう思っています。変だと思ったことは……そこまでありません」
「そこまで、ね」
メイドの答えに、今度は私が笑うことになった。
要するに、私達には変な部分もあるのだろう。でも、それも含めて、彼女は微笑ましいと思ってくれているのだ。
それはありがたいものである。どうやら、私達は使用人にも恵まれているようだ。
私は、オルティナお姉様とエルーズお兄様と一緒に寝ることになった。
ベッドは大きいため、三人で寝ても問題はない。この大きさを便利に思う日が来るとは、最初に見た時には思っていなかったことである。
「せっかくですから、エルーズお兄様が真ん中でいいですか?」
「え? 別に僕はどこでも構わないけど……」
「私、ルネリアの隣がいい」
「それじゃあ、エルーズお兄様が真ん中にはなりませんね」
なんというか、真ん中が一番良さそうだったので、エルーズお兄様に譲ろうと思ったが、オルティナお姉様の提案によりそれはなくなった。
真ん中が一番良さそうというのは、私の意見でしかないので、エルーズお兄様がどこでもいいというなら、それでいいだろう。
「まあ、適当に並ぼうよ」
「うん、そうだね」
エルーズお兄様の言葉に答えて、オルティナお姉様はベッドの左端に寝転んだ。
要望通り、私がその隣に寝転び、その隣にエルーズ様も寝転ぶ。
結局、私が真ん中になってしまった。二人は気にしていないのかもしれないが、なんというか少し申し訳ない。
「……ルネリアは、なんで真ん中がいいと思ったの?」
「え? だって、二人に挟まれるなんて、なんだか幸せですし……」
「それじゃあ、ルネリアは今幸せってことだね?」
「……そうですね。二人に挟まれて、幸せです」
二人からの言葉に、私は笑顔で応えた。
エルーズお兄様とオルティナお姉様に挟まれる。それは、なんだか幸せだ。昨日も楽しかったが、今日はさらに楽しい夜になりそうだ。
「……ルネリアは、温かいね」
「そ、そうですか?」
「うん、なんだか安心する」
エルーズお兄様は、私の体温に安心してくれているらしい。
それは、なんとなくわかる。人肌というものには、何事にも代えがたい安心感を与えてくれる。
もしかして、真ん中で嬉しいのはそれも関係しているのだろうか。二人の体温で、二倍の安心感。そう考えると、やはり得しているような気がする。
「確かに、ルネリアは温かいよね。だから、いつも抱き着きたくなるのかな?」
「オルティナは、よく抱き着くよね。でも、お姉様にも抱き着いていない?」
「あ、そうだね。まあ、お姉様も温かいからかな?」
オルティナお姉様は、よく抱き着いてくる。その理由は、自分でもよくわかっていないらしい。
貴族としては駄目なのかもしれないが、私はオルティナお姉様に抱き着かれるのは好きだ。やっぱり、それは人の温もりを感じられるからなのだろうか。
エルーズの件を見終わった後、俺達は兄上の執務室に来ていた。
せっかくだから、三人でお茶でもしようと姉上が提案したからである。
もう夜中であるため、兄上は反対するかと思ったが、普通に受け入れた。という訳で、三人でお茶しているのだ。
「いい機会だから、少し聞きたいんだけど……二人は、婚約者とどんな感じなの?」
「え?」
そこで、姉上は俺と兄上にそんな質問をしてきた。
それは、中々話し辛いことだ。実の姉に、婚約者とのことを話すのは、なんというか少し気恥ずかしい。
「お兄様なんて、もうすぐ結婚するのよね? カーティアさんとはどう?」
「……」
「お兄様、聞いている?」
姉上の質問に、兄上はわかりやすく目をそらした。どうやら、彼にとってそれは答えにくいことだったようだ。
それは、そうだろう。実の妹に婚約者とのことを話すのも、気恥ずかしいことであるはずだ。
「イルフェア、お前は最近少し明るくなったな」
「え?」
そこで、兄上は唐突にそんなことを言った。それは、明らかに話をそらそうとしている。
だが、その指摘はもっともなものだ。確かに、イルフェア姉上は最近は、なんだか前より明るくなった気がする。
「何か心境の変化でもあったのか?」
「そうね……まあ、ルネリアのおかげかしら?」
「うん? ルネリアが何か関係しているのか?」
「ええ、あの子が嬉しいことを言ってくれたのよ」
姉上は、嬉々としてルネリアと何があったかを話してくれた。
どうやら、姉上の心にあった憂いをルネリアが晴らしてくれたようだ。
「なるほど……そっか、姉上もそうだったのか」
「あら? ウルスドもそうなの?」
「ああ、実はそうなんだ」
姉上の話を聞いて、俺も自分とルネリアの間にあったことを話した。
すると、姉上が楽しそうな笑みを浮かべ始めた。それは、どういう意味の笑みなのだろうか。
「ウルスドは、婚約者と仲良くしているみたいね?」
「え? あっ……」
姉上の言葉で、俺は気付いた。俺が今した説明の中には、クレーナとのこともしっかり含まれていたのである。
なんだか、急に恥ずかしくなってきた。俺は、なんてことを言ってしまったのだろうか。
「……お前達、少しいいか?」
「え?」
「な、なんだ?」
そこで、兄上がゆっくりとそう切り出してきた。
その声は真剣だ。多分、とても重要なことを話そうとしている。
俺も姉上も、それを察して少し身構えた。今までの雰囲気のままではできない会話だと思ったからだ。
「今から俺がする話は、この公爵家に起こっていた問題の話だ。それをお前達には知っておいてもらいたい」
「もしかして……」
「ああ、ルネリアのことだ」
「ルネリアの……」
兄上の言葉に、俺達は息を呑む。ルネリアのこと、その一言で、兄上がこれから話すことがどれだけ重要か理解できたからだ。
こうして、俺達は兄上から話を聞くのだった。