公爵家の隠し子だと判明した私は、いびられる所か溺愛されています。

 私は、サガードから連絡を受けていた。なんでも、彼は今日公爵家を訪ねて来るそうなのだ。
 それもなんと、彼の家庭教師を連れてくるらしい。よくわからないが、その先生が私と会いたがっているそうなのだ。
 という訳で、私はサガードを待っていた。すると、メイドさんが来て、私に彼が来たということを告げてくれる。

「……え?」

 そして、サガードと家庭教師の先生が客室にやって来た訳なのだが、私はとても驚いていた。

「リオネクスさん?」
「ルネリア、久し振りですね」

 なぜなら、サガードの家庭教師は、私が知っている人物だったからだ。
 彼は、リオネクスさん。お母さんの知り合いだった人物である。

「な、なんだよ。ルネリア、先生と知り合いだったのか?」
「サガード様、申し訳ありません。実は、ルネリアとは私は顔見知りだったのです」
「そ、そうだったのか……」

 サガードは、私達が知り合いだったという事実に驚いていた。それはそうだろう。私も、サガードの家庭教師がリオネクスさんだったとは思っていなかった。
 ただ、そういえば、彼の仕事は家庭教師だと聞いたことはある。そこから予測することは、ある程度できたのかもしれない。
 いや、しかし流石に王子の家庭教師が知り合いなんて、普通は思わないのではないだろうか。

「えっと……母の葬儀以来ですね。その節は、どうもお世話になりました」
「いえ、私にとっても彼女は大切な友人でしたから」

 リオネクスさんと会うのは、母の葬儀以来である。あの後私はすぐに公爵家に連れて来られたため、会う機会がなかったのだ。
 それが、サガードによって繋がったということなのだろう。そこから繋がるなんて、すごいことである。

「母の葬儀? ラーデイン公爵夫人は、まだ健在じゃないのか?」
「え?」
「おや……」

 そこで、サガードはそんなことを言ってきた。それに、私は素っ頓狂な声をあげてしまう。
 もしかして、サガードは私が隠し子だということを知らないのだろうか。てっきり、もう知っているものだと思っていたが、彼は私の事情をまったく知らなかったようである。
 これは、まずいことかもしれない。私の事情を話したら、サガードはどんな反応をするのだろうか。私は、それが少し怖かった。
 ラーデイン公爵家の人々は、私を受け入れてくれている。だが、他の人がそうとも限らない。もしかしたら、彼は私のこを拒絶するのではないだろうか。

「ルネリア、大丈夫です。サガード王子を信じるのです」
「リオネクスさん……」

 そんな私の肩に、リオネクスさんはゆっくりと手を置いた。
 それに、私は少し安心する。確かに、彼の言う通りだ。サガードがどういう人か、私は知っている。だから、私は彼を信じて全てを打ち明ければいいのだ。

「サガード、実はね……」

 こうして、私はサガードに自分の事情を話すのだった。
 私は、サガードに自分の事情を話していた。
 私が公爵家の隠し子であるということ、最近公爵家に来たこと。全て包み隠さず話したのである。

「……そうだったのか」

 私の話を聞いて、サガードはゆっくりとそう呟いた。
 その絞り出すような声に、私は少し心配になってくる。これで、彼の態度が変わってしまうのではないかと。
 もちろん、サガードがいい人であることはわかっている。だが、それでも怖いのだ。

「……色々と大変だったんだな?」
「え?」

 そんな私にサガードは、そう言ってきた。
 その意味が、私にはすぐにわからなかった。彼は、何に対してそう言っているのだろうか。

「だって、そうだろう……母上を亡くして、公爵家に来て、大変だっただろう。俺は、そんなこと何も知らずにお前と接していた……それが、なんというか、情けなくてさ」
「情けない? どうして?」
「……俺は、お前の苦しみも立場も何も理解していなかった。何も知らずにへらへらしているだけだった。それがなんか、嫌なんだよ……」
「……そうなんだ」

 サガードは、真剣な顔をしていた。その身を震わせながら、必死に私にその思いを打ち明けてくれた。
 それは、言葉にならないものだったのかもしれない。だが、私には理解できる。彼の心が、伝わってきたのだ。

「ありがとう、サガード……サガードは、優しいね」
「そんなことはないさ……俺は……」
「ううん、優しいよ。だって、私は今、こんなにも嬉しいんだもん」
「そ、そうか……」
「うん、そうだよ」

 サガードは、優しい。私は、それを改めて実感していた。
 打ち明けられて、本当によかった。勇気をくれたリオネクスさんにも、感謝しなければならないだろう。

「リオネクスさん、ありがとうございます。あなたのおかげで、私はサガードに打ち明けることができました」
「いえ、私は何もしていませんよ」

 私のお礼に、リオネクスさんはゆっくりと首を振った。
 彼も、どこまでも優しい人である。そんな優しい人だから、お母さんはきっと。
 そこまで考えて、私は自分の考えを振り払う。それは、私の推測でしかないからだ。本当の所は、私にも未だにわかっていないことなのである。

「えっと……それで、先生はルネリアの母上の知り合いということなのか?」
「ええ、そういうことになりますね」
「……なんというか、すごい偶然だな」
「そうですね。私も、運命というものは色々と数奇だと思っていますよ」

 サガードの言葉に、リオネクスさんはゆっくりと笑みを浮かべた。
 確かに、私がリオネクスさんと知り合いで、そんな彼がサガードの家庭教師というのは、不思議な偶然である。
 そんなことを思いながら、私も笑みを浮かべるのだった。
 私は、リオネクスさんとともに庭に来ていた。
 サガードは、客室に置いてきている。彼が気を遣って、二人で話す場を設けてくれたのだ。
 公爵家の人間ではない彼が、屋敷をうろつくと使用人の心臓に悪いということで、私達の方が出てきている。本当に、サガードはどこまで優しい人だ。

「ルネリア、最近はどうですか?」
「……どうというのは?」
「そうですね……毎日が、楽しいですか?」

 庭を一緒に歩きながら、リオネクスさんはそのようなことを聞いてきた。
 毎日が楽しいか。その質問には、何か意味がある気がする。彼の表情が、そんな感じのように思えるのだ。
 しかし、どういう意図があるのだろう。それが私にわからない。わからないので、とりあえず答えてみることにする。

「楽しいですよ。公爵家の人達は、皆優しいですし」
「そうですか。それは、何よりです」

 私の答えに、リオネクスさんは笑顔を見せてくれた。よくわからないが、私の答えは彼にとって嬉しいものだったようだ。

「……実の所、あなたがこの公爵家の暮らしが楽しくないというのなら、ここから連れ出そうかとも考えていたのです」
「え?」

 そんな私の心を見通したかのように、リオネクスさんはそんなことを言ってきた。
 その内容は、驚くべきことである。私をこの公爵家から連れ出す。それは、とんでもないことのように思える。

「こう見えても、色々とつてがあるんですよ?」
「そうなんですか?」
「ええ、ですが、それを使う必要はないようですね。正直、安心しました。流石に、それを実行するとなると、私も色々と覚悟を決めなければいけませんでしたから」

 リオネクスさんは、笑っていた。だが、それは笑い事ではない。
 この人は、時々とんでもないことを言うことがある。しかも、それをサラっという。そういう飄々とした人なのだ。
 そのため、私はいつも驚かされている。でも、それがなんだか心地いい。

「リオネクスさんは……どうして、そこまで私のことを気にかけてくれるんですか?」
「おや……」

 そこで、私は質問をしてみることにした。
 リオネクスさんは、私のことをいつも気にかけてくれる。その理由が、私は気になっているのだ。
 だって、それはもしかしたら、私の思っている通りのことかもしれないからである。私は、ずっとそれを知りたいと思っているのだ。

「それは、ルネリアのことが大切だからですよ」
「どうして、大切なんですか?」
「……さて、何故でしょうか?」
「何故でしょうかって……」

 私の質問を、リオネクスさんははぐらかしてきた。
 しかし、その表情は少し暗い。その顔を見て、私は追及をやめる。それが意味のないことであることを悟ったからだ。
 リオネクスさんの中に、どのような思いがあるのかはわからない。だが、それを私が知ったとして、意味はないだろう。それは、私の自己満足でしかない。
 こうして、私はリオネクスさんと歩いた。それからは何も語ることはなかったが、それでもその時間はとても温かいものだった。
 私とリオネクスさんは、客室に戻って来ていた。今は、サガードも含めて談笑中である。

「……あ、そうだ。リオネクスさんに、一つ聞きたいことがあるんです」
「おや、なんですか?」

 そこで、私はとあることを思い出した。そういえば、私はいつだったか、サガードの家庭教師の先生に、とあることを思っていたのだ。
 せっかくなので、それを聞いてみることにしよう。もしかしたら、偶然に偶然が重なっているということが、あるかもしれない。

「私のお兄様……ウルスドお兄様には婚約者がいるんです。その人は、クレーナさんというんです。もしかして……」
「ああ、彼女ですか。ええ、あなたの予測通り、私の教え子ですよ」
「やっぱり……」

 どうやら、私の予測は当たっていたようだ。クレーナさんは、やはりリオネクスさんの教え子だったのである。
 まさか、そこも繋がっているとは。偶然というのは、恐ろしいものである。

「しかし、どうしてわかったんですか?」
「えっと……その思想が似ていたというか」
「思想?」
「クレーナさんは、平民を大切にするように心がけているというか、なんというか……」
「そうですか……私の教えを、彼女は守ってくれているようですね」

 私の言葉に、リオネクスさんは笑みを浮かべていた。なんだか、とても嬉しそうである。

「先生の思想か。そういえば、俺も先生に聞いてみたいことがあったんだ」
「おや、なんですか?」
「先生ってさ。その……平民じゃないよな? 多分、貴族か何かの出身というか……」
「ええ、そうですよ」
「え? そうなんですか?」

 サガードの質問に対するリオネクスの答えに、私は驚いた。なぜなら、そんなことはまったく知らなかったからである。
 てっきり、彼は平民だと思っていた。だが、考えてみれば、貴族の家庭教師なんてしているのだから、貴族というのはむしろ自然なことなのかもしれない。
 ただ、その割に、リオネクスさんは貴族らしくないような気がする。よく村にも来ていたし、色々な役目があるはずの貴族というには少し変だ。

「といっても、もう没落しているんですけどね」
「え?」
「やっぱり、そういうことなんだよな……」

 リオネクスさんの言葉に、私は再び驚くことになった。
 どうやら、彼の家は既に没落してしまっているようだ。それなら、確かに私の疑問は解決する。
 だが、没落というのは、それはそれで驚きだ。それは、とても重大なことであるというのに、彼はまたもサラっと言っている。
 サガードも、それ程驚いていない。彼にとっては、この答えはわかっていたものだったようである。
「先生は、いつも平民を大切にするように言っている。それには、何か理由があるのか?」
「ええ、もちろん理由はあります。恐らく、今サガード様が聞きたいのは、私の経験則ということでしょうか?」
「ああ、そうだ」

 サガードとリオネクスさんは、そのような会話を交わした。なんというか、二人だけでわかったような会話をしている。私は、少し蚊帳の外だ。

「ええ、そうですね……私の家は、平民を蔑ろにした結果、没落したようなものです」
「やっぱり、そういうことなのか……」

 リオネクスさんの言葉に、私は少しだけ理解できてきた。サガードは、彼の教えがどこから来たものかを探っていたということだろうか。
 彼は没落貴族だった。そんな彼が平民を蔑ろにしてはならないといっている。その理由が、経験則であると考えるのは自然なことだ。

「私にとっては、苦い経験です。ですから、教え子の皆さんにはそういう経験はしないようにして欲しいのです」
「そうなのか……いや、それはそうだよな」
「サガード様は、あそこに行って私の意図を理解したようですから、この話は不要だと思っていました。ですが、もしかしたら聞かせた方がいいのかもしれませんね」

 リオネクスさんは、遠くを見つめていた。それは恐らく、過去を振り返っているのだろう。
 その顔は、少し悲しそうである。苦い経験といっているのだから、あまり積極的に話したいことではないのだろう。
 そんなリオネクスさんの様子を見て、私とサガードは顔を見合わせる。彼の過去に興味がない訳ではないが、それを聞く必要はあるのだろうかと。

「先生、別に話さなくていいぜ。平民を蔑ろにしてはならないということは、俺もよくわかっている。俺はそういう高慢な王族にならないと約束するからさ」
「サガード様……」

 サガードは、先生を止めた。そんなことは話さなくても、自分は大丈夫だとそう宣言したのだ。
 きっと、その言葉に偽りはないだろう。彼は、きっとリオネクスさんの教えを守り、立派な王族になるはずだ。
 それが間違いないことは、リオネクスさんもわかっているだろう。なぜなら、彼はサガードのことを信頼しているからだ。

「そうですね……こんな場ですから、あまり辛気臭い話はするべきではないのかもしれませんね」

 サガードの言葉に、リオネクスさんは笑みを浮かべながら、ゆっくりと頷いた。
 その笑みは、いつもの笑みだ。飄々とした彼が、戻ってきたのである。
 そのことに、私もサガードも安心する。やはり、この笑顔のリオネクスさんの方がいい。
 こうして、私達はしばらく談笑を続けるのだった。
 思い出すのは、幼きあの日々のことである。彼女がいなくなったことで、俺の心には穴が開いた。大きな穴が開いたのだ。
 しかし、家の事情なら仕方ない。そう思っていた俺は、とある違和感に気づいてしまった。父親の様子がおかしいことに、気づいてしまったのだ。

「……ふっ」

 そこまで思い出してから、俺はゆっくりと目を覚ました。
 最近は、こんな夢ばかり見る。ルネリアがこの公爵家に来てからは、ずっとそうだ。
 彼女にあの人の面影を見ているのだろうか。だとしたら、それは愚かなものである。

「それに関しては、既に決着をつけたはずだというのに……」

 俺の心に空いた穴は、既に埋まっているはずだ。少なくとも、自分ではそう思っている。もうその思いは、断ち切ったはずだ。
 それなのに、まだあの夢を見る。それは、どういうことなのだろうか。



◇◇◇



 俺の目の前には、父親がいる。ラディーグ・ラーデイン、それがその男の名前だ。
 彼は、愚かな男である。酔っ払ってメイドに手を出して、彼女との間に子供を作った無責任な貴族だ。

「それで、話とは何かな?」
「あなたには、そろそろこの公爵家から出て行ってもらいたい」
「出て行くか……」

 俺は、父親のことを憎んでいる。しかし、それは私怨だ。それによって、父親を排斥しようとは思わない。
 だが、この父が公爵家の当主であるという事実は、その私怨を抜きにしても放っておけることではないのだ。
 このような男が、当主であると他の貴族から舐められる。それは、ラーデイン公爵家として許容できないことなのだ。
 故に、彼には出て行ってもらう。それは、今の俺達の心情的にも、丁度いいことだ。

「別荘を用意してあります。そこで、暮せばいいでしょう。生活に不自由はないように手配します」
「そうか……そうだね」

 俺は、父親に対して淡々と事実を告げる。
 これ以上、この男が公爵家に関わって欲しくはない。はっきりと言って、彼はもう邪魔者なのだ。
 別荘で、一人で隠居してもらう。それが、一番いい形である。体裁的にも、心情的にも。

「すまないね、アルーグ。君には、迷惑をかけてしまう」
「……」
「君は随分と立派になったものだ。私の情けない背中を見ていたというのに、ここまで成長してくれるなんて、私は嬉しいよ」
「そうですか」

 父の言葉に、俺は冷たく声を出すだけだった。
 いつからだろうか。彼の言葉にこのような反応を示すようになったのは。
 いや、それは考えるまでもない。あの人がいなくなった日から、俺は父に対して冷たい態度を取るようになっていたのだ。
 それは、憎しみや失望からくるものだった。俺はあの日から、父親を父親だと思えなくなっていたのだ。
 あの日から、俺の心には大きな穴が開いていた。その穴を埋めてくれたのは、まず間違いなく彼女であろう。
 彼女との出会いは、劇的なものという訳ではなかった。ただお互いの親が決めた婚約者として、出会っただけだ。

「カーティアです。よろしくお願いします」
「ああ、よろしく……頼む」

 カーティアと名乗ったその少女は、とても無表情だった。
 挨拶の際、俺が思ったのはそんなことだ。その表情に一切動きがない。まるで鉄仮面のように動かないその表情に、俺は奇妙であるという感想を覚えたのである。
 だが、その時の感想などというものは、彼女の次の行動で吹き飛んだ。
 いや、最終的には奇妙と思ったので、吹き飛んだというのは正しくないのかもしれない。色々と印象は変わったが、彼女が奇妙であるという結論に関しては、変わることがなかったのだ。

「いえい」
「……何?」

 自己紹介の直後、彼女は親指を立てた手をこちらに伸ばしながら、珍妙な言葉を放ってきた。
 それに俺は固まった。まったくもって、意味がわからなかったからである。

「私は、表情を作るのが苦手です。ですから、こうやってジェスチャーで、心を伝えるように心がけているのです」

 そんな俺の様子に、カーティアはそんなことを言ってきた。
 その理屈は、わからない訳ではない。表情で感情を出せないなら、動きで出せばいいという考えは、そこまでおかしいものではないだろう。
 だが、問題はそのジェスチャーが万人に伝わるものではないということだ。意味が通じなければ、それは奇妙な動きでしかないのである。

「……それで、今の動きはどういう意味なのだ?」
「婚約できて光栄ですという意味です」
「……それを言葉に出した方が早かったんじゃないのか?」
「でも、この顔でそれを言われて、アルーグ様はすぐに信じてくれますか? 何言ってんだこいつ、みたいに思いませんか?」
「どの道世辞には変わらないだろう」
「まあ、確かにお世辞ではありますが」
「……」

 カーティアと話していて、俺は自分の調子が崩れるのを感じていた。
 その無表情も相まって、彼女は不思議な雰囲気の女性だ。その雰囲気に、俺は飲まれてしまったのかもしれない。

「それじゃあ、意味もわかったことですし、アルーグ様も一緒にしましょう。いえい、と」
「やらん」
「そんなことを言わないで、やってみてください。癖になりますよ」
「ならん」

 俺はしばらくの間、カーティアとそんなやり取りを続けていた。
 その時にわかったことは、彼女と話すのは疲れるということだけだった。こんな婚約者で、これから先大丈夫なのか。俺はそんなことを思っていた。
 だが、実際の所、俺とカーティアは相性が良かったのかもしれない。今の彼女との関係を考えると、そんな気がするのだ。
 かつての俺は、大切な人を突然失い、かなり落ち込んでいたのだろう。
 いや、落ち込んでいたというのは正しくない。不貞腐れていたという方が、あの時の俺には似合うだろう。

「アルーグ様、私達は婚約関係になりました。という訳で、お互いのことを知っていかなければならないと思うのです」
「……ああ、確かにそれはその通りだな」
「という訳で、まずは趣味の話でもしませんか? アルーグ様には、何か趣味はございますか?」
「趣味か……」

 そんな俺に、婚約者ができた。表情が乏しい彼女は、俺に趣味を聞いてきた。
 趣味といわれても、俺にはそんなものはない。だが、ここでそれを正直に言っても話は進まないだろう。

「強いて言うなら、読書か」
「読書ですか。例えば、どんな本を?」
「ジャンルは問わないな。流行りの本などを読むと言った所か」
「なるほど」

 俺は、とりあえず趣味らしきことを言ってみた。
 読書というものが、別に好きと言う訳ではない。しかし、話の種になるので、流行りものなどは読むようにしているのだ。
 それが、ここでも役に立ったという所だろうか。これで、少しは会話も弾んだといえるだろう。

「アルーグ様は、見境なしということですね」
「待て、その言い方は語弊がある」
「あるでしょうか?」
「なんというか……感じが悪いだろう」

 カーティアは、まったく表情を変えず、俺が考えてもてもいなかったことを言ってきた。
 見境がない。確かに、それはそうかもしれない。だが、その言い方は、いくらなんでも語弊があるだろう。

「もっと他の言い方はないのか?」
「では、ミーハーとでも」
「ミーハー……」

 ミーハーというのは、あまりいい言葉ではない気がする。
 だが、確かに俺は流行りものに触れているだけだ。そういわれても、仕方はないのかもしれない。

「アルーグ様、そう落ち込まないでください。私は例え、あなたが話題作りのために流行りものだけ読んで、それを趣味だと言っていることに対して、何も思う所はありませんから」
「……」

 カーティアは、さらにそんなことを言ってきた。
 まさか、俺の心中は彼女に見透かされていたとでもいうのだろうか。それがわかっていて、あんなことを言っていたなら、こいつも中々いい性格をしている。

「……ふっ、なるほど、お前は中々面白い奴のようだな」
「余裕ぶっているんですか?」
「……」

 俺の言葉に対して、カーティアはすぐに反論してきた。
 なんというか、俺はこの時焦っていたような気がする。
 もしかすると、その時から俺は、こいつには敵わないと、そう思うようになったのではないだろうか。
 屋敷の庭に出て来て思い出すのは、やはり彼女のことだった。
 彼女は、花が好きだった。庭の花を見て、笑っている彼女の姿は、今でもはっきりと思い出せる。

「花というものは、綺麗ですね」
「ああ、そうだな……」

 そんな庭に、俺は婚約者と来ていた。
 彼女が、そうしたいと言い出したのだ。その意図はわからないが、断る理由もなかったので従ったのである。

「私の趣味は、強いて言うなら植物鑑賞でしょうか。こうやって花を見ていると落ち着きます」
「……そうか」
「ただ、にわかなので花の名前はなんだと聞かれたら、すぐに答えられません。だから、聞かないでくださいね」
「……お前は、それで俺にミーハーだのなんだと言ってきたのか?」
「ええ」

 俺の言葉に対して、カーティアは淡々と返答してきた。それは、まったく悪いと思っていないかのような態度だ。
 いや、それはその無表情が与えてくる印象なのだろうか。もしかしたら、少しはにかみながら言っているつもりなのかもしれない。
 だが、俺はなんとなくそうではない気がしている。その無表情を見ていると、はにかんでいる所か、あざ笑っているかのように見えてきたからだ。

「それで、お前は植物鑑賞が趣味だから、庭に出てきたのか?」
「ええ、そうですね。まあ、客室にいつまでも籠っているのは、なんだか息苦しかったという理由もありますが」
「そうか。なるほど、そういうことだったのか」

 そこで、俺はあることに気づいた。
 俺は、このカーティアという人物を大人しい人物であると思っていた。それは恐らく、その表情が要因だろう。無表情であるため、活発な性格とはあまり思えなかったのだ。
 だが、彼女は俺が想定していた性格と真逆な性格だったようである。活発でひょうきん、彼女はそういう性格なのだろう。

「……俺は勝手な印象を押し付けていたということか」
「どうかされましたか?」
「いや、なんでもない」

 俺は、カーティアに勝手な印象を押し付けていた。彼女は、自分で表情を作るのが苦手と言っていたにも関わらず、無表情だから大人しいと思っていたのである。
 それは、俺に非があったといえるだろう。彼女の言葉を噛み砕き、考えていればわかっていたはずだ。
 どうやら、俺もまだまだ未熟であるようだ。こんなことでは、この公爵家を継ぐ者として、やっていけないだろう。

「……お気になさらず、全ての非は、私にありますから」
「何?」

 そこで、カーティアはゆっくりとそう呟いてきた。
 それに、俺は驚いていた。なぜなら、その時の彼女の表情はまったく変わっていないにも関わらず、俺にはそれが落ち込んでいるように見えたからだ。