公爵家の隠し子だと判明した私は、いびられる所か溺愛されています。

「……お母様、おはようございます」
「おはよう、エルーズ」

 廊下で会ったお母様に、僕は挨拶をする。
 それがなんだか、少し嬉しかった。昔の僕は、こうやって誰かとすれ違うこともなかったから。

「なんだか、こうしてあなたと廊下で会うのが随分と久し振りのような気がするわね」
「そうですね。つい昨日帰ってきたばかりだからでしょうか?」
「別荘は、どうだったのかしら?」
「いつも通りでしたよ。やっぱりあっちは自然が多くて落ち着きます」

 お母様の言葉に、僕はゆっくりと頷いた。
 つい昨日まで、僕はお父様がいる別荘に行っていた。それは療養のためというのもあるけれど、一人で暮らすお父様の様子を見るためでもある。
 それはアルーグお兄様から言い渡された僕の使命だ。普段は家のことには貢献することができないから、結構積極的に別荘には足を運んでいる。

「あれ? でも……」
「エルーズ? どうかしたの?」
「あ、いえ、お母様からその話をされるのは珍しいと思いまして……」
「……そうだったかしら?」

 僕の言葉に、お母様は目を丸めていた。それはつまり、自覚がなかったということだろうか。
 だけど事実として、お母様はそのことにあまり触れてこなかった。いや、僕の体調はいつも気に掛けてくれている。
 でも別荘のことには、あまり触れていなかった。その理由は、流石に僕でもわかる。お父様のことがあるからだろう。

「……」

 そこで僕は、少し考えることになった。お母様が別荘のことを聞いてきたということは、何か心境にあったからではないかと。
 もしかして、お父様のことが気になっているのだろうか。その可能性はある。僕の知る限り、二人は仲が良い夫婦だったから。

「……お父様は元気ですよ」
「……え?」
「お父様は元気です。安心してください、お母様。その、お父様には僕がついていますから」

 少し考えてから、僕は決意を口にしていた。
 ラーデイン公爵家を追い出されたお父様は、一人だ。それを皆は、仕方ないことだと思っている。お父様はひどいことをした。それに対する罰は必要だ。
 だけど、今のお父様を一人にしてはおけない。だから皆には申し訳ないけれど、僕だけは例外になる。それが僕の役割なのだろう。

「エルーズ、あなた少し背が伸びたわね」
「背? そ、そうですか?」
「ええ、いつの間にか大きくなったのね。子供の成長に気付かないなんて、私もまだまだね」

 そこでお母様は、なんだか悲しそうに笑っていた。
 それが良いものなのか、悪いものなのか、僕にはよくわからない。
 だけどお母様が、僕のことを褒めてくれているということはわかった。つまり僕の判断は、間違っている訳ではないということなのだろう。
「エルーズ、おはよう」
「ウルスドお兄様、おはようございます」
「調子はどうだ? 昨日こっちから帰って来たばかりだけど、疲れが溜まっていたりしていないか?」
「はい、大丈夫です」

 朝の準備を終えて食堂に向かう道中、俺は弟のエルーズと出会った。
 昨日までは別荘で療養していた弟の顔色は、良いように思える。やはり自然が多いあちらは、健康に良いということだろうか。
 いや、それだけではないかもしれない。あちらには、父上がいる。それもエルーズに良い影響を与えている可能性はあるといえる。

「なるほど、エルーズは元気か」
「……なんだか含みがある言い方ですね?」
「うん? ああ、その、アルーグ兄上と先程会ったんだがな。なんだかいつもと少し様子が違うような気がして」
「アルーグお兄様が?」
「ああいや……」

 エルーズの疑問に対して自然と答えていた俺は、自分の過ちに気付いた。
 アルーグ兄上の不調なんて心配要素を言って、何になるというのか。余計な心配をかけて、エルーズまで体調を崩しかねない。それを考えるべきだった。
 しかし一度口に出したことを取り下げることはできない。ここはなんとか、上手く誤魔化さなければならないだろう。

「まあ、アルーグ兄上は俺達とは比べ物にならないくらいに重圧を背負っている。故に色々と悩むべきことがあるのだろう。それは俺達が気にするようなことではないさ。相談するにしても、母上、イルフェア姉上が選ばれるだろう。俺が三番手……になるかは、微妙な所だが」
「アルーグお兄様は、ウルスドお兄様のことを頼りにしていると思いますよ。僕と二人きりの時に、よくそう言っていますから」
「え? そ、そうなのか……」

 誤魔化すために言ったことに対する返答に、俺は思わずはしゃいでしまった。
 だがすぐに気付く。これはもしかして、エルーズが気を遣ってくれているだけなのではないかと。
 あのアルーグ兄上が、俺のことを頼りにしているなんて口にするだろうか。自分で言うのもなんだが、俺はそんなに頼りになる存在ではないし。

「エルーズはできた弟だな……」
「え? どうしたの? ウルスドお兄様……」
「いや、気を遣わせてしまって悪かったな。まあ、アルーグ兄上のことは、なんとかなると思うぞ? 兄上は強い人間だからな。多少の困難はすぐに乗り越えるさ」
「そうですか? それなら、良いんですけど……」

 結局俺は、アルーグ兄上のことは放っておくことにした。
 兄上を助けたい気持ちはあるが、弟である俺にできることはそう多くない。それが兄上の誇りを傷つける可能性もあるし、少なくとも今は様子を見るべきだ。
 何日か経って問題が解決しないようなら、改めて考えるとしよう。そんなことを考えながら、俺はエルーズとともに食堂に向かうのだった。
「おはようございます、イルフェアお姉様」
「おはよう、オルティナ」

 朝食堂に向かう道中、私は妹のオルティナと出会った。
 いつも元気な彼女は、今日も変わらず元気に挨拶してくれる。それは私にとって、とても嬉しいことだった。
 ただ、少し気になることがある。オルティナが来た方向は、彼女の部屋がある方向ではないのだ。

「オルティナ、あなたは今日もルネリアの部屋で寝たの?」
「あ、はい。そうですよ。ルネリアと一緒に寝たんです」
「そう……でも、それならルネリアはどうしたの?」

 オルティナがルネリアの部屋にお邪魔するのは、よくあることである。ただそういった時、彼女は妹とともに部屋から出て来るはずだ。
 それなのに、今日は一人である。ルネリアに何かあったのだろうか。少し心配である。

「それがルネリアは、アルーグお兄様に呼び出されていて……」
「アルーグお兄様に?」
「ええ、なんだかよくわかりませんけど、私がいたらできないような話をするみたいです」

 オルティナの言葉に、私は驚くことになった。
 体調不良などではないということは安心できるが、オルティナに聞かせられないアルーグお兄様からの呼び出しとなると、色々と考えてしまう。
 ルネリアの出自は、特別である。そのことで何か問題でも起こったのだろうか。これは後で私も、アルーグお兄様から話を聞かなければならないかもしれない。

「アルーグお兄様はずるいですよね。大事な話だからって、ルネリアを独り占めするなんて」
「それに関しては、許してあげても良いのではないかしら? そもそもオルティナは、昨日から一晩ルネリアを独り占めしていた訳でしょう?」
「それは……そうですけど」

 アルーグお兄様のことを考えながら、私はオルティナの言葉に答えた。
 本当に、オルティナはルネリアのことが大好きだ。元々弟や妹が欲しかったということもあるが、どうやら気が合うようである。
 弟のエルーズもそうだが、オルティナもルネリアも素直で優しい性格だ。故に波長が合うということなのだろう。それに関しては、いつも微笑ましく思っている。

「それにアルーグお兄様は、重圧を背負っているから、いつも疲れ気味でしょう? だから、ルネリアと接して癒されることは必要だと思うのよ」
「……それは確かにそうかもしれませんね」

 私の言葉に、オルティナはすごく同意してくれた。
 自分で言っておいてなんだが、彼女の中でアルーグお兄様はそういう印象であるらしい。実際の所、間違っているという訳でもないのだが、なんだか少し物悲しいような気もしてくる。

「アルーグお兄様、しっかりと癒されてくれると良いですね……」
「え、ええ、そうね……」
「朝食前に呼び出してすまないな……」
「いえ、大丈夫です」

 朝起きてからすぐに、私の部屋にアルーグお兄様が訪ねて来た。
 どうやら私に、話があるらしいのだ。それは一緒にいたオルティナお姉様には、聞かせることができないことらしい。
 となると、私の出自に関することだろうか。村長やケリーが訪ねて来るみたいな、嬉しい話だったら良いけれど、アルーグお兄様の雰囲気は、そんな感じではない。

「アルーグお兄様、何かあったんですか?」
「何かあったという訳ではない。ただ少し、様子が知りたかったというだけだ」
「様子……私の様子ですか?」
「ああ」

 アルーグお兄様の執務室に招かれた私は、その問い掛けに混乱することになった。
 私とアルーグお兄様は、一つ屋根の下で暮らしている。屋敷の中は広いけど、それでも毎日顔を合わせている。それなのに様子が知りたいなんて、なんだか変だ。

「私は元気ですよ? それはアルーグお兄様も知っていますよね?」
「そうか。それなら良かった」
「えっと……」

 私の部屋に来た時からそうだが、アルーグお兄様の様子は少しおかしいような気がする。なんというか、元気がないというか、歯切れが悪いというか。

「アルーグお兄様、何か言いたいことがあるなら言っていただけませんか?」
「む……」
「その、いつものアルーグお兄様なら、言いたいことがあったら言うと思うんです。そうではないということは、何か事情があるんですよね?」

 私は思い切って、アルーグお兄様に聞いてみることにした。
 するとお兄様は、少し表情を歪める。その反応でわかった。やっぱり何かあったのだと。

「ルネリア、寂しくはないか?」
「え?」
「少し気になっているのだ。お前が健やかに暮らしているかということが」
「それは……」
「最近俺は、そうだと思い込んでいた節がある。お前の気持ちというものを実際に聞かずに、判断していた。それが間違いではないかと思ったのだ」

 アルーグお兄様の元気がないのは、私のことで悩んでいたからだったようだ。
 それに私は、少し驚いてしまう。私は今こんなにも幸せなのに、どうしてそんなことをアルーグお兄様が聞いてくるのか、わからなかったからだ。
 ただ、私は思い出す。わかっていることでも、時々どうしようもなく不安になることがあると。私も前に、オルティナお姉様のことでイルフェアお姉様に相談した。アルーグお兄様も、もしかしたら同じような状態なのかもしれない。

「……アルーグお兄様、私は今幸せです」
「む……」
「アルーグお兄様やイルフェアお姉様、ウルスドお兄様、エルーズお兄様にオルティナお姉様、お義母様、それから使用人の皆さんも、この屋敷には温かい人達がいてくれますから」
「ルネリア……」

 私はアルーグお兄様に、自分の素直な気持ちを伝えることにした。
 きちんと言葉にすることは、重要なことなのだと思う。多分今のアルーグお兄様に対しては、そうした方が良いのだ。

「……寂しくはありません。もちろん、お母さんのことやお父様のこと、色々と思う所はありますけど、それでも今は皆がいてくれます」
「……そうか」
「アルーグお兄様のことも、頼りにしていますからね?」
「なるほど、そういうことなら、俺もしっかりとしていかないといけないな……」
「今よりしっかりしたら、アルーグお兄様は凝り固まってしまいそうですけれど……」

 アルーグお兄様は、私の言葉に優しい笑顔を浮かべてくれていた。
 そういう笑顔を見せてくれるということは、お兄様の中にあった憂いなどが払われたということなのだろう。

「……余計な心配をさせてしまったかもしれないな」
「あ、いえ、そんなことは……」
「不出来な兄ですまないな。皆にも謝らなければならない」
「……え?」

 そこでアルーグお兄様は、部屋の戸を開けた。
 すると部屋の中に、四人が流れ込んでくる。イルフェアお姉様、ウルスドお兄様、エルーズお兄様、オルティナお姉様、どうやら皆で聞き耳を立てていたらしい。

「とはいえ、盗み聞きしていたことは咎めなければならないか?」
「ごめんなさい、アルーグお兄様。でも、やっぱり心配で……」
「まあ、勘が鋭いアルーグ兄上にばれていない訳がないか……」
「……悪いことをした訳だけれど、少し楽しかったかも」
「エルーズお兄様、これからは私と悪戯しますか?」
「いくら可愛い弟と妹でも、それは許可しない。ラーデイン公爵家の一員として、恥ずかしくない行動を心掛けてもらおうか」

 恐らく皆、アルーグお兄様のことを心配していたのだ。
 多分オルティナお姉様から私が呼び出されたのが伝わって、相談した結果ここに来ることが決まったのだろう。私の家族は、本当に仲が良い。改めてそれを実感する。
 そんな風に、私の一日は今日も始まった。きっとこれからも、こんな平和な日々が続いていくだろう。続いていって欲しい、そう思いながら私は笑顔を浮かべていた。

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