公爵家の隠し子だと判明した私は、いびられる所か溺愛されています。

 僕は、公爵家の別荘で過ごしていた。
 せっかくなので、しばらくはここで過ごすことにしたのだ。
 忙しいので、お兄様は本家に戻っている。という訳で、ここには僕とお父様と使用人達しかいない。

「ふぅ……」

 別荘は、本家に加えてとても静かである。この静けさは、少し寂しい。
 だが、お父様はいつもそれを体験しているのだ。そんな寂しさを紛らわしてあげたい。そんな思いもあって、僕はここに留まっているのだ。

「それでね、僕はルネリアの友達のケリーと知り合ったんだ」
「そんなことがあったんだね……」

 僕は、お父様に公爵家であったことを話していた。
 今話しているのは、ルネリアの友達であるケリーと出会った時のことだ。
 お父様は、それを楽しそうに聞いてくれている。その笑顔を見るだけで、僕も嬉しくなってくる。

「エルーズ、実の所、この別荘の近くには、ルネリアがかつて暮らしていた村があるんだ」
「え? そうなの?」
「ああ、そのケリーという少女も、そこにいるんだろう? もしよかったら、帰る時に少しそこに寄ってみても、いいんじゃないかな?」
「ルネリアのいた村か……」
「もちろん、エルーズは体のこともあるし、無理をしてはいけないけどね」

 お父様の言葉に、僕は少し考えることになった。
 ケリーとは、あの時会った限りだ。それ以来、会ってはいない。
 そんな繋がりで、彼女の元を訪ねていいのだろうか。それは少し、疑問だ。
 それに、僕は体調のこともある。あまり無理をするべきではないだろう。

「エルーズ、君はケリーさんに会いたいと思っているかい?」
「え?」
「その気持ちは、何よりも大切なものなのだと僕は思っているよ。会いたいと思うなら、会いに行くといい」
「……」

 お父様のさらなる言葉に、僕は再び考えることになった。
 しかし、結論はすぐに出てくる。僕は、彼女に会いたいと思っている。それは、明白だったからだ。
 僕は、彼女のことを友達だと思っている。もちろん、あの時会った限りの仲でしかないのだが、それでもそう考えているのだ。

「……答えは決まっているようだね。それなら、僕の方から使用人に言っておこう。最近、優秀な執事が来てね。彼になら、君も任せられる」
「お父様……ありがとう」

 僕は、ケリーに会いに行くことにした。
 それが、僕の素直な望みだったからである。
 せっかく滅多に遠出しない僕が、こんな所まで来たのだ。少しくらい、冒険してみてもいいだろう。
 こうして、僕はルネリアが生まれ育った村に行くことにするのだった。
 僕は、執事のゼペックさんとともに、ルネリアがいた村に来ていた。
 付き添ってくれるゼペックさんは、お父様から信頼できる人だと聞いている。
 その評価通り、彼はとてもできる人だ。対応も丁寧だし、とても優しい。最近、公爵家に雇われたそうだが、恐らく以前も執事として働いていたのだろう。

「さて、行きましょうか。連絡は既に入れてありますから、ご安心ください」「
「はい……」

 ゼペックさんに手を貸してもらいながら、僕は馬車から下りた。すると、僕達を待っていた人物が目に入って来る。
 一人は、この村の村長さんだ。以前、公爵家に来ていた彼は、少し緊張した面持ちでこちらを見ている。
 そして、もう一人僕達を待っている人がいた。それは、ケリーである。

「ケリー、久し振りだね」
「エルーズ様、こんにちは……」

 ケリーも、少し緊張しているようだ。その表情から、それは読み取れる。
 ただ、少なくとも僕の来訪を嫌がってはいないだろう。緊張しつつも、彼女は少し嬉しそうにしているからだ。
 もっとも、それは僕の願望なのかもしれない。本当は嫌がっている可能性もあるので、まだ安心することはできないだろう。

「びっくりしました。エルーズ様がこの村に来ると聞いて……どうしたんですか? 一体?」
「あ、うん。実は、この近く……といっても、距離は結構あるけど、そこに公爵家の別荘があってね。せっかくだから、ケリーに会いたいと思って」
「僕に、会いたかったんですか?」
「うん、そうだよ」

 僕の質問に、ケリーは目を丸めて驚いていた。
 そんなに意外なことを言ったつもりはない。だが、彼女にとってはそうではなかったようである。
 それはつまり、僕達の間に認識のずれがあるということなのだろうか。

「僕は、ケリーのことを友達だと思っているんだ。だから、会いに来たいと思ったんだ」
「僕が、エルーズ様と友達?」
「……嫌だったかな?」
「いえ、そういう訳ではありません。ただ、なんというか、恐れ多いというか……」
「恐れ多い……そっか、そうだよね」

 ケリーの言葉で、僕はあることに気がついた。
 僕は、公爵家の令息である。一方、彼女は平民だ。
 そこには、差がある。その差によって、僕達の認識が同じになるはずはないのだ。
 僕は、気軽にケリーを友達と呼べるだろう。しかし、ケリーは同じようにできない。僕の方が、立場が上だからだ。

「それじゃあ、今からでもいいかな?」
「え?」
「これから、僕達は友達……駄目かな?」
「……いえ、エルーズ様がいいなら、喜んで」

 僕の提案に、ケリーは笑顔を見せてくれた。
 こうして、僕は彼女と友達になったのだった。
 僕は、ケリーの家に招いてもらっていた。
 彼女の家は、農家であるそうだ。というか、この村で暮らしている人々は、ほとんど農民であるらしい。

「お父さんも、お母さんも今は働いているんです。本当は、僕も働かないといけないんですけど、今日は特別ということで……」
「そうなんだ、大丈夫なの?」
「ええ、大丈夫だと思います」

 ケリーのご両親は、農家としての仕事に勤しんでいるようだ。そのため、今は家の中に二人きりである。

「えっと……どうしましょうか? とりあえず、飲み物でも出しましょうか? といっても、水くらいしかないんですけど……」
「気を遣わないで大丈夫だよ?」
「まあ、でも、お客様ですから……」

 僕は、とある部屋に通されていた。ここは、ケリーの部屋であるらしい。
 ベッドと小さな机と椅子、それに本棚といった最低限のものしかないこの部屋は、二人でも少し狭いくらいだ。
 ただ、そう思うのは僕が貴族だからなのだろう。平民としては、このくらいの大きさの部屋は一般的なのかもしれない。

「少し待っていてくださいね。そのベッドの上に座っていてください。疲れているなら、転んでいてもいいので」
「あ、うん……」

 ケリーはそう言って、部屋を出て行った。恐らく、台所に行ったのだろう。
 とりあえず、僕はいわれた通り、ベッドに座った。すると、そこから軋む音が聞こえてくる。

「ふぅ……」

 そこで、僕はゆっくりとため息をつく。
 ここに来るまでの馬車の旅で、少し疲れてしまったようだ。
 少しはましになったとはいえ、僕はまだまだ体が弱い。馬車の旅というものは、中々体力を使うので、少し休んだ方がいいかもしれない。
 ケリーも、それをわかっているから、転んでいいと言ってくれたのだろう。ここは、その厚意に甘えた方がいいかもしれない。

「よいしょ……」

 僕は、ケリーのベッドに寝転がった。
 公爵家の高級なベッドとは違うので、寝心地はそこまでいいとはいえない。それは、わかっていたことだ。
 ただ、それでも寝転がると心が安らいでくる。

「うん……」

 僕は、ゆっくりと目を瞑った。眠るつもりはないが、ケリーが来るまではこうして休んでいようと思ったのだ。
 これから、僕は彼女と色々な話をしたい。そのために、少しでも体力を回復しておきたかったのだ。
 そうしていると、改めて思った。もっと、元気になりたいと。
 これからも頑張って元気になる努力をしよう。僕は、少しぼんやりとしながらも、そんなことを思うのだった。
「……うん?」
「あ、起きましたか?」

 僕は、ゆっくりと目を覚ました。
 最初に目に入ってきたのは、こちらを覗き込むケリーの姿である。彼女は、笑顔で僕のことを見ていた。その顔は、とても美しい。
 そんなことをぼんやりと考えて、僕はあることを理解した。僕はベッドに寝転がって、そのまま寝てしまったのだと。

「ごめん、ケリー。僕、寝ちゃったみたいだね……」
「別に大丈夫ですよ」
「でも、急に押しかけてきて、寝るなんて滅茶苦茶だし……」
「いえ、疲れていたんでしょうし、仕方ありませんよ。それに、エルーズ様の寝顔を見ているのも楽しかったですから」
「そうなの?」
「ええ、そうなんです」

 僕の謝罪に対して、ケリーはそんなことを言ってきた。
 確かに、彼女は先程笑顔で僕のことを見ていた。楽しかったという言葉に、嘘偽りはないだろう。
 ただ、それでも失礼なことをしてしまった。こちらから押しかけておいて、寝るなんてあってはならないことだ。
 それに、せっかく来たのに寝るなんて、時間がもったいない。時間は有限なのだから、無駄にしたくはなかった。

「……僕は、どれくらい寝ていたのかな?」
「十五分程でしょうか? そんなに寝てはいませんよ」
「そっか、よかった……」

 ケリーの言葉に、僕は少し安心する。
 一時間や二時間といった長い時間寝ていなくて、本当に良かった。十五分ならまだ時間はある。これから、ケリーとの時間を楽しめるのだ。

「……それにしても、エルーズ様は本当にお綺麗ですね」
「え?」
「寝顔を見ていたら、そう思ったんです。男の子にこんなことを言うべきではないのかもしれませんけど、とても美しくて思わず見惚れてしまいました」
「そうなんだ……ありがとう」

 ケリーは、僕を美しいと言ってきた。
 僕は、そういった旨のことをよく言われる。あまりよくわからないが、僕は他人からそう取られるようなのだ。
 こういう時になんと答えるべきなのだろうか。それは、難しい所である。とりあえず、お礼を言ったりするのだが、それであっているのだろうか。

「ケリーも、綺麗だよ」
「え? そうですか? それは、ありがとうございます……」

 僕は、お返しにケリーにも綺麗だと言っておいた。
 それは、素直な気持ちである。ケリーは、本当に綺麗だ。僕なんかよりも、余程美しい。
 そんな僕の言葉に、ケリーは顔を赤くしていた。どうやら、照れているようだ。
 彼女のそんな顔を見ていると、僕の中に別の感想が思い浮かんできた。可愛いとそう思ったのである。
「それで、ルネリアがね。僕の隣で寝ていて……」
「ルネリアらしいですね……」

 僕は、ケリーと話をしていた。
 彼女と話すのは、とても楽しい。こうやって、友達と話すのは初めての体験だ。こんなにも楽しいものだったなんて、まったく知らなかった。
 考えてみれば、僕はまだまだ知らないことばかりだ。これから、もっと色々なことが知りたい。彼女との話を経て、僕はまた強くそう思うようになった。

「失礼します」
「え?」
「エルーズ様、そろそろお時間です」

 ケリーと話をしていると、部屋の戸がゆっくりと叩かれて、そんな声が聞こえてきた。
 ゼペックさんには、帰る時間になったら教えて欲しいと頼んで、外に待機してもらっていた。どうやら、時間が来たようだ。

「もう時間が来たみたいだ。そろそろ帰らないといけない」
「そうですか……残念です」
「うん、僕ももう少し話していたいよ」

 正直な話、まだ帰りたくはなかった。
 だが、駄々をこねてはいけない。約束は約束だ。守らなければならない。

「ケリー、今日は本当に楽しかったよ。いつになるかはわからないけど、また来たいな」
「……今度は、私の方から公爵家を訪ねます。ルネリアにも会いたいですし……もちろん、ラーデイン公爵家が良かったら、ですけど」
「いつでも大歓迎だよ。お兄様もお母様も、邪険に扱ったりはしないだろうし、全然大丈夫だよ。あ、でも、そっちから連絡するのは大変だよね……今度、公爵家の方から連絡して、そっちの良い日を伝えてもらえるかな?」
「わかりました。それじゃあ、そうさせてもらいます」

 僕の言葉に、ケリーはゆっくりと頷いた。
 これで、ケリーも公爵家を訪ねられるだろう。今度彼女に会うのが、もう楽しみだ。それに、ルネリアの喜ぶ顔が見られるのも嬉しいものである。

「よし、それじゃあ、そろそろ帰るよ」
「はい……」

 僕は、ゆっくりと立ち上がり、部屋を出て行く。すると、ケリーもついてくる。送ってくれるつもりなのだろう。
 そのまま、僕達は玄関まで来て、家の外に出た。そこには、馬車が止まっている。ゼペックさんが手配してくれていたのだろう。

「ケリー、また会おうね」
「はい……エルーズ様、お元気で」
「うん、ケリーもね」

 僕は、ケリーと固く握手を交わした。彼女の温もりを、しっかりと確かめてから、ゆっくりと手を離す。
 こうして、僕は彼女と別れるのだった。ケリーは、馬車に乗ってからも、僕が見えなくなるまで、見ていてくれた。
 私は、サガードと恋人関係になった。
 それで正しいのかどうかはよくわからないが、正式な婚約をしていない以上、そう表現するしかないだろう。

「まあ、父上や兄上も、話は進めてくれているらしいんだが……」
「うん、お母様やお兄様もそんな感じで話してくれたよ」
「色々と大変なんだろうな……残念ながら、俺達にできることは、あまりない訳なんだが……」
「そうだね……」

 王族とラーデイン公爵家は、現在協議を重ねている。私とサガードが婚約できるかどうかは、そこで決まるのだ。
 私とサガードの婚約は、非常に難しい問題である。それは、イルフェアお姉様とサガードのお兄様であるキルクス様が婚約しているからだ。
 貴族と王族の婚約というものには、役割がある。政治的な面の影響力があるのだ。
 王族とラーデイン公爵家の婚約が二つ。それは、権力の偏りである。そのため、簡単ではないのである。

「上手くいってくれるといいよね?」
「ああ……というか、上手くいってくれないと困るというか……」
「そうだよね……まあ、逃げ道がないという訳でもないけど」
「逃げ道?」

 私の言葉に、サガードは目を丸めていた。
 今回の逃げ道、それを彼はわかっていないらしい。
 その逃げ道というのは、とても難しいものである。簡単なものではない。
 だが、逃げ道は確かにある。それを私は、知っているのだ。

「いざという時は、二人で逃げてもいいんだよ?」
「に、逃げる?」
「うん、駆け落ちというか、そういうこともできなくはないでしょう?」
「いや、それは……」

 サガードは、言葉を詰まらせていた。
 その反応は理解できる。駆け落ちなんて、とんでもないことだということは、私もわかっているからだ。
 ただ、それは確かな逃げ道である。いざとなったら、二人で田舎にでも行けばいいのではないだろうか。

「地位とかお金とか、そういうものがなくても、大好きな人と一緒なら、なんとかなるものだと、私は思っているんだ」
「大好き……?」
「お母さんと一緒に暮らしていたから、そう思うのかもしれないね。まあ、村での暮らしは、周りの人にも助けてもらっていた訳だけど……」
「……いや、お前の言う通りだよ。そうだよな、二人でいれば、なんとかなるものだよな」

 サガードは、私に対して笑顔を見せてくれた。
 その笑顔が、私にとってはとても嬉しいものだった。彼が、王子という地位を捨ててでも私と一緒にいたいと思ってくれていると、わかったからである。
 きっと、これなら大丈夫だ。私は、そう思うのだった。
 私とサガードの婚約関係は、思っていたよりも早く決まった。無事に婚約できることになったのだ。
 それは、お母様やお兄様、それにサガードのお父様やお兄様が尽力してくれたおかげである。色々な人の努力のおかげで、私達は結ばれることができるのだ。

「まあ、これで一件落着という訳だよな……」
「うん、そうだね」
「なんだか、あまり実感は湧かないが……」
「それは……私達自身は、何もしていないからかな?」

 私とサガードは、いつも通り客室でまったりと話をしていた。
 婚約が無事に決まったことは、嬉しいことである。
 ただ、サガードの言う通り、そこまで実感はない。
 そもそも、私達は事態がどれ程大きなものなのかも把握していないといえるだろう。ぼんやりとしかわかっていなかったといった所だろうか。

「でも、これで私とサガードは無事に夫婦になれる訳だし、安心だよね?」
「夫婦……そうか。そうなるんだよな」

 私の言葉に対して、サガードは微妙な反応をしてきた。
 なんというか、あまりよくわかっていないという感じだ。どうして、こんな反応なのだろうか。

「……わかっていなかったの?」
「いや……なんというか、随分と先のことだから、あまりピンと来ないというか……」
「先のこと……そっか、そうだよね」

 サガードに言われて、私は少しだけ理解した。
 確かに、夫婦になるというのは私達にとっては随分と先のことである。実感できなくても、仕方ないのかもしれない。
 ただ、夫婦になるのは確実である。それは、王家とラーデイン公爵家でも約束されていることだ。

「私達は、どんな大人になるのかな?」
「そうだな……それは、まったくわからないことだな」
「サガードは、キルクス様みたいになるのかな?」
「いや、俺と兄上は、結構違うんじゃないか?」

 私は、ふと気になった。私達は、どんな大人になるのだろうか。
 私達の周りには、素敵な大人がいっぱいである。そんな人達のようになれるのだろうか。

「でも、きっとサガードは優しいままだと思うな……」
「……ルネリアだって、きっと根本的なことは変わっていないんじゃないか?」
「そうかな?」
「ああ、そう思う」

 サガードは、私に向かって笑顔を向けてくれた。
 その笑顔が眩しくて、思わず見惚れてしまう。彼と夫婦になれる。その幸せな未来を、私は改めて実感していた。

 ラーデイン公爵家に来てから、本当に色々なことがあった。
 だけど、その日々を今は幸福だったと言い切れる。
 それは、私が周りの人に恵まれていたからだろう。家族にも、友人にも、愛する人にも、私は恵まれていたのだ。
 私の人生は、きっと幸せなものだろう。こんなにも素敵な人達に囲まれているのだから、それは確実だ。
 私は、今日もラーデイン公爵家で過ごしていた。

「叔母様、少しいい?」
「うん? 何かな?」

 そんな私に話しかけてくる人がいた。それは、私の姪であるアルティアだ。
 彼女は、アルーグお兄様とカーティアお義姉様の娘である。
 サガードと婚約している私だが、まだラーデイン公爵家から離れていない。当主であるお兄様とその妻であるお義姉様とともに暮らしているのだ。

「お父様もお母様も忙しそうだから、叔母様の元に遊びに来たの」
「そうなの?」
「うん」

 アルティアは、私の元に遊びに来たらしい。それは、よくあることだ。
 自意識過剰かもしれないが、私は彼女に好かれている。理由は不明だが、こうやってよく遊んで欲しいと言われるのだ。
 私も、アルティアのことは大好きなので、それを断る理由はない。ただ、お兄様やお義姉様がどうしているのかは、気になる所だ。

「お父様は、お仕事で忙しそうだし、お母様はイルクドやウェリティについているし……」
「そうなんだ……アルティアは偉いね」
「えらい?」
「だって、二人に気を遣って、私の所に来たんだよね?」
「よくわからない」
「そっか……そうだよね」

 アルティアは、お兄様やお義姉様に迷惑をかけないために、私の元に来たようである。
 まだ子供であるというのに、そういうことを理解しているのはすごいことだ。

「私はただ、叔母様と遊びたいだけかも……」
「まあ、別にそれでもいいと思うよ」

 アルティア自身はこう言っているが、私は彼女が二人を気遣っているということを確信している。
 恐らく、アルティアは無意識の内にそうしているのだろう。幼いながらも、彼女は聡い子だ。そういう面に関しては、今までも何度か見ているため、それは間違いない。

「それじゃあ、何をして遊ぼうか?」
「うーん……今日も、庭で花を見たいな」
「そっか、それなら庭に行こうか」
「うん!」

 私が手を差し出すと、アルティアはそれをゆっくりと握ってきた。
 そんな彼女の手を引きながら、私は庭に向かう。

「私、叔母様のことが大好き」
「私も、アルティアのことが大好きだよ」
「嬉しい」
「私も嬉しいよ」

 アルティアは、私に向かって穏やかな笑みを向けてくれた。
 人によっては、その笑みは微笑みくらいにしか思えないかもしれない。だが、私にはわかる。彼女が、とても喜んでいるということが。
 カーティアお義姉様に似たのか、彼女は感情があまり顔に出ないタイプだ。しかし、私にはそれがはっきりと理解できるのだ。
 こうして、私達は一緒に庭へと向かうのだった。
 私は、アルティアとともに庭に出てきていた。
 この庭とも、もう随分と長い付き合いになる。私がラーデイン公爵家に来てから、ここはずっと私の憩いの場だ。
 それはきっと、アルティアにとっても同じだろう。なぜなら、彼女も私と一緒にここによく来ているからだ。

「今日は温かいね……」
「うん、そうだね……」

 私は、アルティアとともに庭のベンチに座った。そこからは、様々な花が見える。
 ここから見える景色は、とても綺麗だ。それは、庭師のダルギスさんが、丹精を込めてこの庭を整備しているからだろう。
 私もアルティアと一緒に時々手伝っているが、このように庭全体のことを考えることはできない。やはり、プロはすごいということなのだろう。

「あ、蝶々……」
「綺麗だね……」
「うん!」

 庭には、様々な生物が集まっている。自然が溢れるこの場所には、そういう生物がよく訪れるのだ。
 アルティアも、そういう生物とはよく触れ合っている。彼女は、昆虫も爬虫類も、特に怖がったりしないのだ。
 小さな頃から、自然の生き物と触れ合うことはいいことである。そうアルーグお兄様やカーティアお義姉様は言っていた。
 自然の中で育ち、それが当たり前だった私にはよくわからないが、そういうものなのだろう。

「そっと……そっと……」

 アルティアは、ゆっくりと蝶々に近づいていく。私も、彼女と同じように音を立てずに近づくことにする。
 花の蜜を吸う蝶に目を向けながら、私はアルティアの顔を見る。彼女は、とても楽しそうだ。表情にはあまり出ていないが、それでもそれがわかる。
 そんな彼女を見ていると、私の昔のことを思い出す。私も多分、こんな顔をしていたのではないか。そう思ったのだ。

「叔母様、どうかしたの?」
「ううん、なんでもないよ」

 彼女の笑顔を、ずっと見ていたい。私は、ぼんやりとそんなことを思った。
 もしかしたら、私を愛してくれた人達も、そんな風に思っていてくれたのかもしれない。
 この屋敷に引き取られてから、私は皆がどうしてあんなにも優しいのかわからなかった。でも、今ならそれがどうしてなのか、はっきりとわかる。
 それはきっと、私自身が同じように愛を注がれたからなのだろう。

「本当になんでもないの? 私の顔を見て、にやにやしていた気がするけど……」
「それは、アルティアが可愛いからだよ」
「可愛い? そうかな……」
「うん、そうだよ」

 私の言葉に、アルティアは笑顔を見せてくれた。恐らく、喜んでいるのだろう。
 本当に、彼女は可愛い姪だ。いや、彼女だけではない。他の姪っ子も、それに甥っ子も、皆可愛いとそう思う。
 そんな皆を、私は大切に思っている。この感情を、私はいつまでも忘れないだろう。

 私が皆に愛情を注がれたように、私も皆に愛情を注いでいきたい。姪っ子にも甥っ子にも、いずれは私自身の子供達にも。
 アルティアを見ながら、私はそんなことを思うのだった。